ここ数年、長編小説は出張時の機内で読むのが定番化しつつあります。元々は小説読みなので、長時間の機内は長編小説を読むと結構乗り切れます。疲れていて細かい字に集中できないほど疲れているときはビデオを見てしまいますが、往復のフライトのうちどちらかは何か読んでいると思います。
あと、出張の回数に比べ購入する小説の数のほうが多いので、未読の本がたまっていく一方となっていて、自宅の本棚には 1m 以上の未読本コーナーがあります。その中の一つを今回ようやく読むことができました。村上龍の『半島を出よ』です。行きの機内で上巻を、帰りの機内で下巻を読み、残りの時間でこの感想を書いています。
感想を単純にまとめていうと、かなり力のある小説です。村上龍の作品は6,7割読んでいると思いますが、『愛と幻想のファシズム』以来の力作といっていいでしょう。
力が現れている部分は、例えば、全編を通しての「意思決定」と「コミュニケーション」への村上龍特有の批判的な視線です。少年達を中心とするグループと北朝鮮の占領軍、日本政府の3つの極をそれぞれ際立たせて対比させることで、現在の「意思決定」と「コミュニケーション」の空洞化やちぐはぐさを描き出そうとしていることがよくわかります。そして、その空洞化やちぐはぐさを描き出すことに成功していると思います。
僕が気に入ったシーンの一つなのですが、北朝鮮の占領軍に福岡を巧妙に占拠された状態で、現地の状態を伝えるNHKニュースを描写した部分です。
それでは現在の福岡市の様子を聞いてみましょう。明るい色のスーツを着て髪を七・三に分けたアナウンサーがそう言って、画面は天神の大丸デパート前に切り替わった。レポーターはNHK福岡放送局の男のアナウンサーだ。ヨシダさん、と七・三の髪のアナウンサーが呼びかけた。そちらの様子はいかがですか。ヨシダという名前の中年の現地アナは、私は福岡の繁華街天神におりますが、こちらは普段と変わったところはありません、と困ったような表情で応じた。福岡市民がパニックになって大騒ぎしていればそちらは安心するのか、というようなニュアンスが感じられた。ヨシダという現地アナの苛立った口調に、食堂では小さな喝采が起こった。<中略>
あのアナウンサーはね、東京に対抗して黙っているわけじゃないんだよ。東京のアナウンサーが何を言っているのか、何を聞きたいのか、本当にわからないんだ。だって、質問になっていないもの。ついに北朝鮮の増援部隊が出港してしまいましたね、って、質問じゃないだろう。ただの呼びかけだ。ヨシダにしても、はいそうですねとしか答えようがないじゃないか。
<中略>
NHK本局は、なぜ福岡の人びとの今の気持ちを確かめようとするのだろうか。十二万人の後続部隊がついにこちらに向かったのだ。すべての市民が不安と恐怖を感じているに決まっている。それなのに、不安で胸がいっぱいです、という町の声を紹介したがるのはなぜなのだろう。
<中略>
大多数の視聴者は、ニュースで事実を知りたいと思っていない。単に安心したいのだ。不安で夜も眠れません、震える声で福岡市民がそう訴えるのを見て、かわいそうだよねと言いながら、安心感を得たいのだ。そしてテレビはその期待にこたえようとする。だがヨシダは、こちらは普段と変わったところがありませんと言って期待を裏切った。
このシーンに出てくるのは、NHK本局のアナウンサーに代表されるメディア、NHK福岡のレポーター&福岡の人びと、そして福岡以外の場所にいるNHKニュースの視聴者の3種類の人です。抜粋なのでうまく伝わっていないかもしれませんが、この3者間のコミュニケーションは非常にちぐはぐです。コミュニケーションメディアであるNHKニュースは、メディアとしてはある意味まったく成り立っておらず、また期待されていません。また、ニュースで事実を知りたいと思っていない大多数の視聴者は、この小説の中だけでなく、現実の僕らの生活のなかでのメディアやコミュニケーションに対する態度だったりするわけです。
こういうコミュニケーションのちぐはぐさや空洞化は、現実の世界で普通にそこかしこに見られることです。村上龍は、そういうことを判りやすく伝えるために、北朝鮮による福岡の占拠とそれにまつわる戦闘、というリアリティがあふれていて大掛かりな舞台装置を使ったのではないかと。そして、全体のプロットも細かな情景描写もがその舞台装置と共鳴しあい、非常に力があって読み手に伝わってくる作品に仕上がっていると思います。
あと、この小説を読むまで村上龍が長崎出身であることをずいぶん長い間忘れていました。『69』を読んだときに「へえ、この人九州出身なんだ」と思って以来なので 15 年ぐらい忘れてたわけです。長崎のハウステンボスで、キューバ音楽のイベントを開催するというニュースを聞いても、彼が九州出身であることに思い至りませんでした。しかし、この『半島を出よ』と『69』は、村上龍が九州出身であるから書くことができたように思います。いろいろな場面の描写に彼の中にある記憶を縦横無尽にうまく使って表現したことで力のある小説に仕上がったと思えます。
結構長いのと、内容が内容なので、多少体力が必要ですが、力ある小説が読みたい方はぜひ。
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