仕事をしていると、ときおり「やってみなければわからないです」という発言に出くわす。このフレーズを聞くと、いつも警戒心のようなものが芽生える。ほんとうに「やってみなければわからないのか?」と。
「やってみなければわからない」という発言をもたらす文脈には2種類あると思っている。一つ目は、経験則に照らしても確率的に見ても、結果を推測することがかなわずに、実際にやってみないことには結果が判らない場合である。しかるべき調査と分析をすませて、想定された環境・状況の下でなにかコトを興すときに、最後のピースをはめてみないと全体の形がどうなるか、またはその形ができるまでのプロセスがつかめないような場合である。周辺環境が複雑すぎて、結果やそこにいたるプロセスがシミュレーションできない(またはコスト的に合わない)場合もこのパターンに含まれる。
こういう場合には「やるしかない」というのが結論である。コトを始めて、想定されたシナリオを頭の片隅に置きながら、実際に目の前で起きていることに対応し続けて、結果とそこに至るプロセスから目をそらさないようにするしかない。
二つ目は、どういうコトがどういう展開で今後発生して、結果としてどこにたどり着くのかをあまり深く考えようとせずに、安直に「やってみないとわからない」と言ってしまう場合である。まあ、一種の思考停止と言ってもいい。大抵の場合、「風が吹けば桶屋がもうかる」的な(あるいは「クラウドコンピューティングは世界を変える」でもいいけれど)の因果関係に乏しいけれどいささかキャッチーなバズフレーズをマントラのように唱えているケースが多い。ストーリーとしてイメージするのが苦手、あるいはそのような作業が未経験な場合にこういうパターンに陥りがちである。
で、「やってみたいこと」を共有するために因果関係を一つ一つ確認していくと、矛盾や破綻が見つかったりすることがある。そういう作業を通じて、仮説形成の思考パターンが身につく場合には良いのだが、反対にマントラ化している場合には、そういう不都合な箇所から目をそらしてしまう場合もあるので、やっかいなケースとなることもある。
将来のことは誰にもわからないので「やってみなければわからない」というのは一見仕方ないように思えるが、「やってみなければわからない」と口にすることで思考・活動を停止させてしまうじゃないか?とこのフレーズを聞くたびに感じるのである。