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2007年05月19日

誰かが辞めるとはたして仕事は回らなくなるのか?

自分の仕事に自信を持つために「自分が辞めると今の組織や企業の仕事は回らなくなるはずだ」と思わないでもないけれど、冷静に考えると、自分が辞めても仕事が回らなくなるということはほぼ確実にない。

残された人は大変かもしれないけれど、それも一時のこと。半年もすれば、収拾もつくことがほとんど。だから一度会社を辞めると決めたら、すっぱり辞めた方がいい。(辞めると決めてないなら別の話だけれど)。

なんでこんなことを書いているかというと、僕の知り合いが会社を辞めるかどうかで悩んでるんですね。で、どこで悩んでるかというと、おそらく、半分以上が残された人のこと。

詳しくはわからないけど、辞めると決める理由があるなら、引き継ぎが済めば多少大変でも渡してあげないと、一般論的にはどっちもだめになると思うんだけれど、どうですかね?

2007年10月12日

渡された仕様書を実装するのは翻訳だがなにか?

優秀だと感じていた人が浅はかさを感じさせるようなことをいうと少し悲しくなる。

ここでの話題は「業務用途で Ruby を使う上での課題」というところからはじまっている。そこからどうかして、「思いっきり見下されてしまっている『渡された仕様書を実装するだけのサラリーマンプログラマ』」という役割についての話になっている。

私も実際にそんな立場にある人と飲みに行ったことがあるのだが、彼が「私の仕事なんて所詮、人が書いた『仕様書』をマシンが理解できる『プログラム』に翻訳するだけの仕事。クリエーティビティなんてこれっぽっちも必要ない」と嘆く姿を見て、どう慰めて良いものか分からなくなってしまった。

Railsはプロダクティビティを格段に上げると言われているが、この手の進化が目指すところは、最終的には「人間が書く仕様書=マシンが理解できるプログラム」の世界。そんな世界が実現されれば「渡された仕様書を実装するだけのサラリーマンプログラマ」は必要なくなってしまう。

この文章からは翻訳という行為をあまりに軽んじているじゃないかという違和感を感じる。人間があらゆる言語とそれにまつわる各種の文脈を容易に身につけて不自由なく活用することが出来ないという現状から、翻訳という役割はグローバルといわれる環境ではかなり重要な機能であることが自明である(英語至上主義はどっか別のところでお願いします)。

ここでいわれていることを無理矢理別の文脈で解釈すると、エスペラントが普及すれば他の言語が不要になるのだから、翻訳といったような、見下されてしかるべきつまらない仕事は辞めてしまえよと聞こえる。

人生において創造性を志向するのは自由だが、自然言語や人工言語という分類を問わず言語を取り扱うことを仕事とする方にしては言語の多様性さにおける寛容性にいささか欠ける意見なんじゃないかと感じる。

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2007年12月16日

かわいげがあって、成長できるかどうか。

今日(昨日)は早稲田で同じ指導教授についている学部3年生との懇親会&懇談会&飲み会でした。つーか、その飲み会から帰ってきて、今は午前4時半なのですが。

就職活動を迎えている3年生に向けてアドバイスを、ということで少しお話ししました。そこで話したことを要約すると、僕個人の見方では、将来にわたって成長しそうな感じがして、周りの人達がフォローしそうな「かわいげ」のあるキャラクターであるかどうか、というのが若手の人達に一番大きく要求される性質だと思ってます。で、そういったような要素が、その企業(就職活動企業)の文化に合った形で表現できれば、大抵の面接って通るように思うのです。やっぱり、組織文化が求めるキャラで、将来成長しそうで、みんなからフォローされそう、という風に見える人はみんなが欲しいと思うはずだもの。

逆にいうと、組織文化にあってなさそうで、その分野での成長が見込めなさそうで、フォローされなさそうなキャラクターというのは、採用側としては難しいですね。そういう人と一緒に働きたいと思う人はなかなかいないようにおもいます。

で、そうなると、「んなこた言ったって、どうすりゃいいかわからん!」という意見になるかもしれませんが、そこで思考停止になるか、問題点をずらしてでもなにか先に進められるかというのは、実は、その人の伸びしろをはかるのにいい観点なのです。「わからん!」と止まる人達は、もうちょっと具体的な課題に対しても「わからん!」と止まる可能性があるのです。足をとめることが求められていない場合には、そうやって止まってしまうのはあんまり良い傾向ではないのです。なんでもいいから一つ前に進められるかどうかというのは、実は意外に大きいのです。

なーんてことを現役3年生と話したことで、僕自身もいろいろ昔に考えてた事柄を思い返して、学ぶことが多い一日となりました。ずいぶんためになりました。ありがとう。

今日の3年生の皆さんには、自分の特性にあっている職場がみなさんそれぞれにおいて見つかるように祈っています。がんばれー!!

2007年12月28日

生産性向上とは、まず暇を創り出すこと

周りにいる「仕事ができる(のだろう)なぁ」と思わせられる人に共通する能力の一つに、要領の良さ、がある。要領の良さ、といってもお調子者とか立ち回りがうまいという類の意味ではない。手際がいいという意味である(そういう意味では要領がいいという表現は不遇だ)。

物事を手際よくすすめるためには、やらなくていいことを極力やらない、あるいは最短で終わらせることが必要である。なぜか?理由は簡単。「やらなくていいこと」の多くは非生産的だから。物事を生み出さないプロセスだからたいてい「嫌だなぁ」と思うわけ(何かを生み出す仕事に好んでついていればそう思うはず)。

だから、不要な(または不要だと思われるような)プロセスについては手際よく進めることが肝要。なんとか Hacks とか知的生産技術とよばれるほとんどのものはそういう手際良さ向上のためにあるテクニックだと思う。

で、そうして創り出した空いている時間をつかって、何かを生み出していけばよい。なにかを生み出すにはタネをこねくり回すだけの「暇」がたいてい必要とされるし。またなにかを生み出すために必要な細かいプロセスや手続きについてはキチンとすすめられるだけの余裕も必要。そこを「嫌だなぁ」とおもって端折ってしまうと大抵は良くない結果がまっている。

というわけで、生産性向上とは、まず暇を創り出すことだと思う。「貧乏暇なし」からは、なんとか Hacks とかいうやつをつかってでも抜け出さないといけない。

なんていうことを、仕事納めの日につらつら考えているのは暇なのかしら。

2008年01月21日

学習による変化

大学院のなにかの授業で聞いて手元にメモしてあるものに

「学習とは、経験の結果として起こる行動上の絶え間ない変化」

というものがあります。つまり、学習とは物事を知っているあるいは何かを経験するだけでは不十分であり、その結果として自らの行動が変化しなければならないということだと。

事業開発のような仕事をしていると、新しいことを学習するプロセスが結構多いわけです。しかし「学習」の結果として自分の中に変化がなければ、または生み出される変化が価値を生む源泉にならなければ、もしかすると、お勉強ごっこをしながら無駄な時間を費やしているだけなのかもしれない、ということです。

自分の変化とそれが生み出す何かに意識を集中して日々を過ごしなさい。

と、自分への戒めの言葉として。

2008年03月04日

学生相手のプレゼンは難しい

先週、会社説明会でプレゼンする機会があった。来年 (2009) 年に卒業する人達を対象とした採用セミナーである。

これまでに、普通の社会人相手だと何度かプレゼンや講演をしたことがある。一番多いときで 300 名強が参加しているセミナーで話した。そういう時はしっかりテーマが定まっているので、多少緊張はすれども、慣れてしまいさえすれば話しやすい。

しかし、新卒対象の会社説明会は勝手が違ってずいぶん難しかった。自分の仕事やこの業界の現状や動向を伝えるためにわかったようなわからないような話をしつつ、働くことの面白みも多少は感じてもらわなければならない。面白みを感じるポイントが、自分のポイントと学生のポイントが合っているかなんてわからないあたりが特に悩ましい。ひさしぶりにひやひや度満載のプレゼンだった。

話の最後で「欲しいのは将来にわたって成長しそうな感じがしてかわいげがある人だよ」という話をしたのだが、業界や仕事の内容は徐々に理解を進めてもらうとして、これぐらいは take away してくれればと願う。

2008年03月08日

人の振り見て我が振り直せ、ではないが。

しばらく前のこと、社内で若手メンバーを面接した。人材募集のために公募が実施され、面接官を担当したのである。

応募してきたメンバーは揃って皆が優秀で前向きで、選ばなくていいなら全員採用でいいんじゃねーの、と感じるほどだった(できることならそうしたい)。面接しながら「このエネルギーをもっと発散する環境を実現しないといけないよなー」と思わせられ、得るものが多い日々だった。

興味深かったのは、入社10年目ぐらいまでは社会人経験年数と物事に対する見方・捉え方のふくよかさが割と比例しているものだな、ということ。経験が浅いと物事の捉え方が間違っているということでなく、荒削り度が上がっていく。働きながら人は成長するのだ、という当たり前のことを、具体的な形で目の当たりにすることができたのも今回の面接で得たことだった。


……などと他人事のようにいってないで、自分自身も成長しつづけないといけないのである。引き続き、がんばりましょう。

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2009年02月14日

抜け殻成立の条件

ひさしぶりのブログの更新です。

まずは近況から。口頭試問の時に書いたように修士論文は修正したものを 2/2 月曜日に再提出。可能な範囲で修正&提出したが、積み残し感がどこか残っているように感じる。ま、しゃーないですな。

論文提出後は否が応でも頭を切り換えて仕事モード。先週から今週にかけては外部の方々との打合せが続き、あわせて年度末にむけたこの時期恒例の作業も並行する状況。さらに作成にまとまった時間が必要な資料がいくつかあったので休日勤務を2回ほど。そんな状況だったので、仕事が終わる頃には抜け殻のようになっていることもしばしば。ブログがアップデートされない時期は、抜け殻モードが続いている場合が多い。

抜け殻モードになりやすい状況を思いつくままに羅列してみると、まず一つ目は、短時間で終わらせなければならない打合せが続くこと。何人かが集まって打合せの目的と環境を共有した後、情報や認識を共有・交換して、何らかの結論あるいは次に向けた things to do を決めて割り振りする、という10 分、15 分程度の打合せが連続し、さらにそういう打合せでの捌き役として振る舞わなければならない状況が続いて、おまけにそれぞれの打合せで異なったテーマ・領域が連続すると、けっこう大変。

二つ目は、そういう打合せで取り上げられるものが入り組んだコンテキストを持つ(複雑な環境形成の歴史を持つ)案件・タスクである場合。時間がかかって現時点での状況にたどり着いている場合は、当初の想定よりも関係者が増えているケースが多く、その関係者の思惑がいろいろ絡み合っていると、案件・タスクにおける力学というか磁場のようなものを俯瞰的に把握しなければならなくて、そのシミュレーションがけっこう煩雑。

三つ目は、必要とされるファクトベースの情報が不揃いな案件・タスクが続くケース。案件・タスクの情報や認識を共有・交換するために、あるいは複雑な環境形成の歴史を持つ案件・タスクの状態をシミュレーションするために必要な情報が不揃いの場合には、想定・仮置きしなければならないことが増えてしまう。で、必要な情報が入手しにくそうなものなら仕方ないけれど、ちょっと気を利かせればファクトベース(+α)で手に入るような情報の場合が揃っていない場合には、内心ちょっと萎えるときがある。

と、書いていて思うのが、こういう状況の回避策は仕事量を減らすしかないんじゃないかという気がするなあ。あとは休むときには「パチン」と OFF にしてゆっくり休むと。 現在の状態だともうしばらくは難しいけど。

2009年02月21日

「やってみなければわからない」というのは本当にわからないのか?

仕事をしていると、ときおり「やってみなければわからないです」という発言に出くわす。このフレーズを聞くと、いつも警戒心のようなものが芽生える。ほんとうに「やってみなければわからないのか?」と。

「やってみなければわからない」という発言をもたらす文脈には2種類あると思っている。一つ目は、経験則に照らしても確率的に見ても、結果を推測することがかなわずに、実際にやってみないことには結果が判らない場合である。しかるべき調査と分析をすませて、想定された環境・状況の下でなにかコトを興すときに、最後のピースをはめてみないと全体の形がどうなるか、またはその形ができるまでのプロセスがつかめないような場合である。周辺環境が複雑すぎて、結果やそこにいたるプロセスがシミュレーションできない(またはコスト的に合わない)場合もこのパターンに含まれる。

こういう場合には「やるしかない」というのが結論である。コトを始めて、想定されたシナリオを頭の片隅に置きながら、実際に目の前で起きていることに対応し続けて、結果とそこに至るプロセスから目をそらさないようにするしかない。

二つ目は、どういうコトがどういう展開で今後発生して、結果としてどこにたどり着くのかをあまり深く考えようとせずに、安直に「やってみないとわからない」と言ってしまう場合である。まあ、一種の思考停止と言ってもいい。大抵の場合、「風が吹けば桶屋がもうかる」的な(あるいは「クラウドコンピューティングは世界を変える」でもいいけれど)の因果関係に乏しいけれどいささかキャッチーなバズフレーズをマントラのように唱えているケースが多い。ストーリーとしてイメージするのが苦手、あるいはそのような作業が未経験な場合にこういうパターンに陥りがちである。

で、「やってみたいこと」を共有するために因果関係を一つ一つ確認していくと、矛盾や破綻が見つかったりすることがある。そういう作業を通じて、仮説形成の思考パターンが身につく場合には良いのだが、反対にマントラ化している場合には、そういう不都合な箇所から目をそらしてしまう場合もあるので、やっかいなケースとなることもある。

将来のことは誰にもわからないので「やってみなければわからない」というのは一見仕方ないように思えるが、「やってみなければわからない」と口にすることで思考・活動を停止させてしまうじゃないか?とこのフレーズを聞くたびに感じるのである。

2009年12月29日

仕事納め。

昨日で今年の仕事は終わり。うちの会社は28日が最終日なので休んで長期連休にしていた人も多い中で、日常とかわらない感じの一日。先週の後半2日間休んだ分を昼過ぎまでリカバリーして、午後は社内でちょこちょこと打合せをこなして、最後に、来年手がけなくちゃいけない件の検討用メモを作って関係者に送って定時に仕事終了。

今年一年を振り返ろうとスケジュールを一年間分ざっと見てみたが、年の初めから最近までやっていることはあんまり変わらないように見える。自分と周囲がプロフェッショナルとして楽しく責任ある仕事ができるように、と心がけているけど、こういうのってなかなか手応えが感じられない。しかたないので、ひきつづき集中してがんばるしかないのである。

あと気になったのは、週末や休日に仕事していることが結構多いこと。その分平日を休みにしているので、休日の仕事を特に減らそうというわけではないけど、もう少し計画的にスケジュールしていかないといけないな、とふと感じた。

まあ、兎にも角にも来年も楽しく前向きに仕事をしていこうと思う。

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