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2008年01月20日

研究計画書が一段落。そして牛になる。

昨日(土曜日)の午前中は大学院の個人指導第一回目。教授と相談しながら修士論文の計画書の内容を固めた。テーマはこれまでに考えてきたものから少し変化して、ICT サービス提供における意志決定と運用をエコシステムとネットワーク経済性の観点から明らかにするというもの。興味がある領域は変わってないけれど、いままでと違う視点で見てみたら意外と面白そうなので(自画自賛ぎみに)これでいってみよー!、という感じ。

漠然と書いていた計画書をベースにして、教授からアドバイスいただきながらテーマが徐々にクリアになるプロセスで対話の力を改めて感じました。自分のなかで揺れ/ぶれている部分があっても、他人と話すことで揺れ/ぶれが収まるものだと。対話と内省の反復が重要であることを再認識です。

しかし、研究の方向を定めていくのは大変ですね。自分が知りたいことや明らかにしたいことが他の人によって明らかにされていない、という前提が必須。既知の事柄では学習としては意味があっても研究としては意味がない。「この分野に進めば自分の興味と研究活動の条件を満たすものがあるかもしれない!」と思っても既に研究されていたりすることが多い。

なんてことを考えていると、夏目漱石が年若き芥川龍之介と久米正雄に宛てた手紙が思い浮かんできました。牛をメタファーにというのがいささか滑稽な響きを醸しているのだけれど、でもとても誠実で非常に印象的な手紙なのです。

 この手紙をもう一本君らに上げます。君らの手紙があまりに溌溂としているので、無精の僕ももう一度君らに向かって何かいいたくなったのです。いわば君らの若々しい青春の気が、老人の僕を若返らせたのです。

<中略>

 牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。僕のような老獪なものでも、ただいま牛と馬とつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。

 あせっては不可(いけ)ません。頭を悪くしては不可ません。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げることを知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手を拵えてそれを押しちゃ不可ません。相手はいくらでも後から後からと出てきます。そうしてわれわれを悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。

やはり兎にも角にも、日々此精進、です。

p.s.
このエントリがこのブログ 300 本目のエントリ。2005/12/21 から 760 日で 300 本なので、2.5 日にエントリ 1 本という感じ。やはり日々此精進ですな(って、ブログを書くのが精進なんだかどうかは知らんが)。

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