メイン

movie アーカイブ

2007年10月07日

独りで外国にいるときに流れる空気 - 「Lost in Translation」

そういえば、先週末、"Lost in Translation" を DVD で見た。とてもいい映画だった。

僕にとっては、複数ではなく独りの海外出張が多いからかもしれない。この映画に流れている、どこか落ち着かない非日常性を孕んだ空気に親しみをおぼえる。ぐっすり眠れなくて頭のどこかがぼーっとしているのだけれど、周りは気ぜわしく物事が進んでいくという外国にいるときに感じるあの感覚。理解できない言葉や習慣に囲まれていることでうまれる距離感。そんな空気を他の誰かと共有することなく、独りでぽつんといる時間が流れている。

そんな時間というか空気が流れるなかですこし歳の差がある男女が出会うわけですが、恋愛につながるわけでもない。愛や恋という言葉では表せない、旅先での出会いを通じてしか成立しない微妙な関係。これが恋愛につながってしまうと、外国に独りでいるときに感じるあの独特の空気が伝わらない。

東京はそのような繊細な空気を描くのに充分な舞台になっているのだ、と感じた。

p.s.
上の映像は Coldplay の "Trouble" と "Lost in Translation" を勝手に mix したクリップ。同じ空気を共有していて Original Soundtrack に入ってたわけでもないのにとてもいい感じの組み合わせ。

ロスト・イン・トランスレーション
東北新社 (2004/12/03)
売り上げランキング: 1189
おすすめ度の平均: 3.5
4 ソフィア・コッポラの、空気でしょうか?
5 地に足着いていないようで、着いてる映画
5 素敵です。

2008年03月23日

時代劇は残虐ではないか?

「ルワンダの涙」という映画をみた。90年代前半にアフリカのルワンダで起きたルワンダ紛争を題材とした映画である。

映画のテーマがテーマ(民族対立による内戦)であり、劇中でジェノサイド(大量虐殺)のシーンがある。ルワンダ内戦における虐殺は、

1994年4月6日にフツ族のジュベナール・ハビャリマナ大統領とブルンジのシプリアン・ンタリャミラ大統領を乗せた飛行機が何者か(「フツ族の過激派による犯行」と「ツチ族の犯行」の二説有り)に撃墜されたことに端を発して、フツ族によるツチ族の大量虐殺(ジェノサイド)が始まり、一説には約100日間で国民の10人に1人、少なくとも80万~100万人が虐殺が行われたとされている。

というものである。

この虐殺には軍隊だけでなく一般人が荷担しており、それを伝える映像が続くが、そのときの虐殺の方法がなたや刀で斬り殺すというものである。残虐な方法なのだが(劇中には、撤退する国連軍の将校に対して「子供たちだけでも楽に死なせてやりたいので銃で殺してくれ」と訴えるシーンがある)、ふと「これって日本の時代劇も似たようなモノじゃないのか」ということが気になった。

慣れというのは怖いものだ。

ルワンダの涙
ルワンダの涙
posted with amazlet on 08.03.24
AVEX GROUP HOLDINGS.(ADI)(D) (2007/09/19)
売り上げランキング: 11100
七人の侍(2枚組)<普及版>
東宝 (2007/11/09)
売り上げランキング: 1227

2008年04月19日

「アイ・アム・レジェンド」ウィル・スミス

小学生、中学生ぐらいの時にみるとそれなりにエキサイトするだろうけどね……的映画。

長時間のフライトでビールでも飲みながら時間つぶしに見るのには別に悪くない映画なのです。というわけで、今回機内でみた映画の一つ。

ハリウッド映画的なのは設定の都合が良すぎるところ。世界の人口の 90% が死亡し、9% が人間を喰う別の生き物に「変態」し、残りの 1% だけが免疫があり感染しないウイルスが世界レベルで蔓延し人類が滅亡しそう、という設定に対して、ニューヨーク近郊に住む米軍に所属するウイルス学者がウィル・スミス演じる主人公である。なんてイージーな設定。これが明治末期に紀州へ戻ってきた粘菌学者南方熊楠では設定としてやはりいけてないし、やりきれない。ホントはそういう設定から脚本を作るほうが面白そうなのだが、まあ仕方ない。

あと、ウィル・スミスの坊主頭&無精ひげをみながら、日本人ってこれくらいのショートヘアは少ないな、と席の間から見える日本人の頭を見渡してしまった。日本人に限らず、アメリカにいるアジア人って、欧米系の白人に比べて髪が少々長い(ように思う)。どうして日本人(アジア人)にショートヘアが少ないのか(南方熊楠は坊主だったようだが……)?やはり、顔が幼いから坊主頭だと「坊主」っぽさというか幼さを感じてしまうのか。

アイ・アム・レジェンド 特別版(2枚組)
ワーナー・ホーム・ビデオ (2008-04-24)
売り上げランキング: 16


南方熊楠―地球志向の比較学 (講談社学術文庫 528)
鶴見 和子
講談社
売り上げランキング: 49993

「アイ・イン・ザ・スカイ」、「チーム・バチスタの栄光」

チームにおける個人の判断・行動の許容度は仕事によって違うものだ。

「アイ・イン・ザ・スカイ」(原題:『跟蹤』、米国版は"Eye in the Sky")は香港警察の監視課「尾行役」を舞台とする香港の映画。一方で「チーム・バチスタの栄光」はバチスタ手術という心臓手術チームを舞台とする日本の映画。いずれもチームで動くのだが、尾行の場合にはリーダーに指示をうけながらも実際の判断・行動は現場にいる個人の臨機応変さに依存するのに対し、心臓手術の場合にはそれぞれの役割が専門化されており、その役割の範疇で決められたやり方で次の行動を判断していく。前者が collaboration 的であるのに対し、後者は orchestration 的とでも言えばいいのか。どちらがいいというものでもなく、プロセスの内容と対象の種類によって個人の判断・行動の許容度は変わってくるのだと、ふと思った。

映画としては「アイ・イン・ザ・スカイ」の方が楽しめた。脚本がシンプルでしっかりしているので安心してみていられる。一方で「チーム・バチスタ……」はベストセラー小説をベースにしてしまったために冗長さが目立つ。この映画に限らず、ベストセラー小説の映画化における冗長さ、というのはどうしても避けがたい。メインプロットを生かすためにどこまでサブプロットを残す/捨てるはやはり難しい。特に日本の小説の場合には、情緒的なサブプロット(プロットというよりシーン)が多いため、2時間程度の映画にまとめるためにそぎ落としていくと、ちぐはぐで冗長な感じを受ける映画に仕上がる傾向が強いように思う。

「アイ・イン・ザ・スカイ」は尾行役の人達(脇役)の尾行シーンのカットがとても印象的だった。雨の中を傘を差してじっと見ていたり、建物と建物の間に隠れていたり、客待ちのタクシーに扮していたりと。香港という非常に雑然とした街のなかで人の跡をついていく尾行役という存在を身近に感じさせてくれた。

一方で「チーム・バチスタ……」はバチスタ手術に失敗した後に竹内結子が号泣するシーンが記憶に残る。あのシーンは映画という Fictional なものと忘れてすんなりと受け入れることが出来た。残りは Fictional に感じられるシーンが多かった。なんというか、Fictional なものを感じさせずに映画の世界に誘うための努力のなさというかあきらめ感を日本の映画を見るたびに感じるが、この映画でもやはり同じように感じたのはもしかすると観る側の問題なのだろうか?

香港無印美食―庶民のマル味ワンダーランド 茶餐庁へようこそ!
龍 陽一
TOKIMEKIパブリッシング
売り上げランキング: 93791



2009年02月17日

「ノルウェイの森」映画化

昨日の夜のニュースで、村上春樹さんのイスラエルでの講演の模様が流れていました。お年を召されたなー、というのが正直な印象。あと文章家らしい話し方というか、言葉の繋がり方でした。

また、asahi.com で関連するニュースとしてみたのがこれ。

村上春樹氏の「ノルウェイの森」映画化 2010年公開

昨年7月のニュースですが、知らなかった。へえ。村上作品のなかでは映画化しやすいとは思いますが、どんな雰囲気に仕上がるんでしょうかね。

About movie

ブログ「お仕事日誌&一日一麺」のカテゴリ「movie」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはmiscです。

次のカテゴリはmusicです。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

RSS feed meter for http://blog.novsix.com/
Bloglinesで閲読登録

This is my Google PageRank? - SmE Rank free service Powered by Scriptme
Creative Commons License
このブログは、次のライセンスで保護されています。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス.