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2006年02月27日

携帯通信事業者分野の見通しをよくするための本

昨日の日曜日は、耳の奥が痛いなあと思いながら、先日アマゾンで購入した「風雲児たちが巻き起こす携帯電話崩壊の序曲―知られざる通信戦争の真実」を読みました。

日経コミュニケーションの記者の取材をまとめて、昨年(2005 年)の 12 月に発行された本。通信分野に関してある程度の経験・知識を持っている人であれば、現時点での携帯通信事業者(特に、設備面から見た事業分野)を取り巻く環境が短時間でわかりやすく理解できると思います。

ソフトバンクの携帯事業への参入に始まり、ライブドアの無線 LAN 事業への挑戦(いまはどうなっているのか不明ですが、同事業におけるパートナー各社のポジショニングなどは知らないことも多くて「へぇ」と)、NTT ドコモ・KDDI・ボーダフォンそれぞれのお家事情、ウィルコムの復活劇の詳細等、ずいぶんきちんとまとまっています。

携帯通信事業者(移動体通信事業者といったほうがいいのかな)のインフラ事業者としての側面を見るには、ハンディでちょうどよい本だと思います。ただし、この分野は今年もさらに動く年なので、賞味期限としては今年末までぐらいかもしれません。

ちなみに耳の奥の痛みですが、今朝病院に行ったのですが、少々ハズレの病院だったような気が。とりあえずもらった薬を飲んでるのですが、これで直るんだろうかという心配が少し……

2006年03月18日

『ウェブ進化論』 梅田望夫(ちくま新書)

去年の秋、日比谷で行われた梅田望夫氏の講演会を聞きにいったことがあります。新潮社の雑誌『フォーサイト』が主催していて、一時間ほどの講演と一時間近くのQ&Aという組み合わせで、あっという間に時間が過ぎました。非常に楽しかった記憶があります。

この講演会は、終了後からログがすぐさまブログにアップされたり、そのログをみて梅田氏が自身のブログでコメントされたりと、ネット的には盛り上がったところもあったのだけれど、僕自身もいろいろ考えたことはありながらも、ばたばたした時期だったので自分のブログにエントリを書くことも無く、話を聞くにとどめていました。

『ウェブ進化論』はその時の話と、梅田氏のブログ "My Life Between Silicon Valley and Japan" を普段から読んでいると、内容はだいたい想像できるだろうと踏んでいました。実際に読んでみると、やっぱりある程度はこれまでに梅田氏が書かれたり話されたりしたことの(発展途上の)サマリーになっていました。

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2006年03月31日

プロフェッショナリズムと新自由主義モデル - 『国家の罠』を読んで

今日は年度末最後の日とか、たまってた仕事をようやったあらかた片付けたとか、来週は出張なのでいろいろ準備があったとか、夕方から「ソフトバンク、ボーダフォン買収で幕が上がる - 120兆円情報通信産業の波乱の行方」というセミナーに時間を間違えつつも行ってきたとか、その後セミナーに来ていたシリコンバレー繋がりの友人とメシを食いにいったとか、いろいろあった一日である。

それぞれについて書きたいことはたくさんあるのだけれど、でも、なんとなしに、今日読み終わったこの本の感想を書くことにする(書きかけだったから、というのが主な理由)。

国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて
佐藤 優
新潮社 (2005/03/26)
売り上げランキング: 733
おすすめ度の平均: 4.75
5 何が真実であるのか?
5 途中での感想ですが
5 こういう才能を無駄にしてはいけない

amazon.co.jp の書籍レビューは的外れな煽り系ばかりに見えるけれど、「出版社からのコメント」が比較的まともなので本書の紹介として引用してみます。

 1991年ソ連消滅。エリツィン大統領の台頭から、その後の大混乱の時代を経て、プーチン氏への政権委譲へと続く90年代激動のロシアを縦横無尽に駆け回り、類い希な専門知識と豊富な人脈を駆使して、膨大な情報を日本政府にもたらした男、それが元主任分析官、佐藤優だ。

 2000年までの平和条約の締結と北方領土の返還という外交政策の実現を目指して、ロシア外交の最前線で活躍していた彼は、なぜ「国策捜査」の対象となり、東京地検特捜部に逮捕されされなければならなかったのか? そもそも、検察による「国策捜査」とは何か?

さらに、鈴木宗男代議士による外務省支配の実態とは? 小泉政権誕生の「生みの母」とまで言われた田中眞紀子外相の実像とは? 宗男VS.眞紀子戦争の裏側で何が起こっていたのか──。

 512日にも及んだ獄中で構想を練り、釈放後1年以上をかけて執筆された、まさに入魂の告白手記。

この本を読みながら考えていたキーワード群は主に2つあります。

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2006年04月02日

「ちゃんといいかげんに生きる」 - 『働く過剰』を読んで。

先に取り上げた、玄田有史氏の『働く過剰 大人のための若者読本』(NTT出版)を一から読みました。働くことの意味を考えるうえでの good reference かな、と。

で、出張準備しなくちゃ……なので、気になったところだけ抜粋しておきます。

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2006年04月09日

『半島を出よ』を機内で読む。

ここ数年、長編小説は出張時の機内で読むのが定番化しつつあります。元々は小説読みなので、長時間の機内は長編小説を読むと結構乗り切れます。疲れていて細かい字に集中できないほど疲れているときはビデオを見てしまいますが、往復のフライトのうちどちらかは何か読んでいると思います。

あと、出張の回数に比べ購入する小説の数のほうが多いので、未読の本がたまっていく一方となっていて、自宅の本棚には 1m 以上の未読本コーナーがあります。その中の一つを今回ようやく読むことができました。村上龍の『半島を出よ』です。行きの機内で上巻を、帰りの機内で下巻を読み、残りの時間でこの感想を書いています。

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2006年04月14日

『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』

物語の中に出てくる風景や光の加減、食べ物や風の香りなどをうまく想像しながら読み進めるためには、ある程度の経験が必要なのかも知れないと思いつつ、この本を読みました。

昨年の秋、年末のドイツ旅行に向けてこの小説を手にいれました。しかし、よくあることですが、最初の数ページをぱらぱらと眺めただけで放ってあったのです。旅行からはや4ヶ月が経った今日、まとまった時間ができたので、午後はのんびりとこの小説を読んですごしました。

この小説のキーワードの一つは、タイトルにもある「カレーソーセージ」です。カレーソーセージと言われても、見たこと、食べたことがないとピンとこないですよね。僕もこの本を手に入れたときには何のことだかまったくわかりませんでした。小説の冒頭部分にあるカレーソーセージの作り方は次の通りです(白ソーセージ云々というのは、ミュンヘン名物の白ソーセージのことを指しています)。

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2006年04月25日

光ファイバーと IP 化をめぐって - 『光回線を巡る NTT、KDDI、ソフトバンクの野望』を読んで

今日からヨーロッパ出張なのですが、機内でこの本を読みました。ここ2,3年の間に固定系の通信業界で起きたざっと眺めるには良い本です。

タイトルに「光回線」とありますが、これに「IP 化」を加えて、固定系の通信業界は、ゲームのルールというか、ゲームそのものが大きく変わろうとしています。この変化の様子を、プレイヤー毎(パワードコム、KDDI、東京電力、NTT、ソフトバンク、総務省他)にひも解いています。

例えば、出てくるイベントの幾つかを時系列に並べなおすと、こういう感じになります。

2004/5/27
ソフトバンク、日本テレコム買収合意発表

2004/6
パワードコム社長に中根氏就任
→ 増資による財務健全化の後、KDDI の法人向け固定通信部門の統合へ

2004/8/30
ソフトバンク、「おとくライン」発表
→ 発表にて孫社長が「これが日本テレコムを買収した答えです」と明言。
→ 9/15 には KDDI が「メタルプラス」発表

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2006年07月09日

「サウスバウンド」奥田英朗

昔、過激派だった変わり者の父・一郎を持つ小学六年生の二郎。彼の視点から描いた、東京・杉並と沖縄・八重山での少し変わった生活(?)を描いた長編小説。登場人物の設定の都合良さは、まぁ、しょうがないとしても(父が過激派の重鎮だったという設定は、ね)、端役とおぼしき登場人物までがとても生き生きしていて、また個々のエピソードと全体のストーリーの絡め方もうまくて、ぐいぐいと読ませる。

二郎の周りにいる変わり者は、父である一郎だけではない。その父と夫婦である母も変わっている。母が、沖縄・西表島への引っ越しを告げた時のことである。

「我が家は、沖縄の西表島に引っ越すことにしました」
桃子が箸を持つ手を止める。二郎は口にご飯をほおばったまま、噛むのをやめた。
「あなたたちにとって、いい人生経験になると思います。大学に行って会社員になるとしたら、多少の不利益は被るかもしれませんが、そんな誰もが歩む人生に、たいした価値があるとは思えないので、東京での生活を終わりにします」
すぐには感想が浮かんでこない。とりあえず口の中の物を飲み込むことにした。
「もちろん、あなたたちは永遠に親のものではないので、自立できると判断した時点で、独り立ちしても構いません。ただ十五歳までは、おとうさんおかあさんと一緒に暮らしましょう。だから、今現在の友達とは一旦お別れです」
その言葉を聞き、淳や向井の顔が浮かんだ。リンゾウも、サッサもハッセも。
「いつ引っ越すの?」二郎が聞いた。
「お店の家具や食器を売りさばき次第、出発します。たぶん、二、三日のうちに。こういうのはだらだらやるものじゃないし」

<中略>

「転校先は、なんて名前の小学校?」
母がテーブルに頬杖をつく。「二郎と桃子は、学校、必要?」軽い調子で聞いた。
二郎は、言葉の意味を量りかねた。父が言うならまだしも、母は普通の大人だと思っていた。
「……必要だけれど」二郎が答える。
「桃子は?」
桃子は黙ったままだ。納豆を御飯に載せ、元気なく口に運んでいる。
「あなたたちが学校で教えられていることって、本当はたいして重要なことじゃないの。勉強にはもちろん、集団生活のルールなんかでも。だって、通学路しか通っちゃいけないなんて、あきらかに意味のない決めごとでしょ。国は国民を、大人は子供を、それぞれ管理したいだけなんだから」
母が、父が言うようなことを口にした。結局、似た者同士だから夫婦になったのだろう。
「学校には今日のうちに連絡しておきます。だから二郎と桃子は、友達にお別れを言っておくように」

母、マジでかっこよすぎる。こんな人がかあさんだったら、絶対に人生楽しいはずだ(または絶対に人生大変なはずだ)。

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2006年08月26日

「日々ルーチンな仕事に追われている人は、ルーチンな仕事の処理に埋没して長期的な展望とか革新的な解決策とかを考えなくなってしまう」

今日は、あるプロジェクトで一緒の人から教えてもらった本を読んだところ、なかなか考えさせられるところが多いので紹介。

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2006年09月03日

「ぼくたちには見えないところで行われている地球の営みに、もっと耳をそばだてていないといけない、と言いたいだけだ」『アースダイバー』 by 中沢新一

まだ読んでいる最中だが、この本は縄文的思考を残す東京と資本主義について描かれた本である。

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2006年10月15日

「舞踏会へ向かう三人の農夫」リチャード・パワーズ

一ヶ月ほど前に夏休みのアメリカ旅行中に読んだ本。5 年ほど前に買っていたのだけれど、読むためには体力がいりそうなのでのびのびになっていた。ようやく今回の夏休みで手に取ることができた。

テキストを読むのが好きだと、この小説は面白いはず。評論と物語のミクスチャーという感じといっていいのかな。僕は十分に堪能できました。

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2006年11月26日

『疾走』、『流星ワゴン』(重松清)

重松清の小説をここのところ、立て続けに2冊読んだ。この小説家は、孤独だけれどずっとひとりぼっちじゃない、ということを書くのがうまいと思う。

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2006年12月23日

「ハルキ・ムラカミと言葉の音楽」ジェイ・ルービン

今日から少し早めの冬休み。年末までフランス・パリであんまり目的もなくぶらぶらとのんびりする予定。

そして、パリに向かう機中で読み終えたのが、村上春樹作品の英訳者であり、日本文学研究者であるジェイ・ルービンによる村上春樹論。読みはじめたのは11月中旬だったが、最近までプライベートな時間の大半をあるプロジェクトのようなものに費やしていて中断しており、今回のフライトでようやく読了。

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2007年01月03日

「国家の品格」藤原正彦

大雑把にいうと、アメリカはだめ、市場原理主義はだめ、民主主義も自由もだめ。自分の帰依する「武士道精神」とそれに関係するものが正しいので、これに寄り添えば「失われた日本の品格」を取り戻すことができると主張している本。

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2007年06月18日

雪によってもたらされる狂気と明治の暗さ 『八甲田山死の彷徨』新田次郎

酷寒の八甲田山において無為な雪中行軍を強行させられて 200 名近くの陸軍兵士が亡くなっていくさまがこの小説の一つの軸。基本的にはとても暗いのだが、ノンフィクション的に書かれているために誰かに感情移入することもできない。感情移入が難しいのがいいのか悪いのかわからないけれど、確かに筆力の高さを感じます。

仕事でつきあいのある方から「今読んでいるのですが、面白いですよ」と薦められて買っておいたのを今回の出張に持ってきて、シカゴ行きの機内で読みました。

あらすじは、日露戦争を間近に控えた明治後期のこと。青森と弘前の二つの陸軍聯隊が厳冬期の戦闘のための研究という名目で、厳寒の八甲田山山中において行軍を行うことになる。平民からたたき上げた優秀な神田大尉率いる青森第五聯隊は、準備段階から指導権が錯綜し、実際の雪中行軍では準備不足、上官の出過ぎた指揮権発動、不適切な状況判断に史上稀に見る寒波に襲われたという不運が重なり、210 名中 11 名だけが生き残った。

一方で弘前第三十一聯隊は、この行軍を率いる徳島大尉が指導権を準備段階から確保し、一名の死亡者も出すことなく完了することができた。しかし、皮肉なことに青森第五聯隊の遭難が広く報道されたために、弘前第三十一聯隊の業績は喧伝されることなかった。そして、この行軍に参加した弘前第三十一聯隊の多くは二年後に始まる日露戦争にて戦死または戦傷した。青森と弘前の二つの陸軍聯隊はもちろんのこと、それ以外にもこの行軍に関わって死んでしまった者、生き残った者、それぞれいずれもがその末路は暗く悲しいものであった。

この小説、そういえば、映画化されているんですよね。僕は観ていませんが、公開当時にテレビCMで「天は我らを見放した」というフレーズが連呼されたことは覚えてます。このフレーズは小説の中にも出てきますが、国家の繁栄と引き替えに澱のように少しずつ溜まっていく(説明しにくい)明治という時代の暗さを「天は我らを見放した」というフレーズが現しているような気がしました。

今の時代に置き換えて考えてみると、ここまで決死の覚悟で身を投げ出す刹那感がなく、たとえ国家を背負っている立場を考えてもこのようなフレーズが成立するシーンはほぼ無いように思います。

明治の暗さが数十年後に記されたこの小説に現されているなら、現在の暗さはどういう小説に現れていくのでしょうかね?


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2007年07月22日

『なぜ社員はやる気をなくしているのか』

会社で「この本を読め〜っ」と指示があったのでぱらぱらと読んでみました。成長・変革する組織を作り上げる、ということについての本です。

内容についてあれこれ言う前に、2カ所ほどすこし長めですが引用します。

 下から見れば、「上司が自分の言葉で語っていない」ことが決定的に大きな問題となる。「自分の言葉で語っていない」というのは、当たり前の感性を失っていない人は聞いていればわかるものである。「自分の言葉ではない言葉」は心に響かないし、信頼もされない。
 部下には「よく話し合え」と言っている当の本人たちが、腹を割って話しているようには見えないのも、建前と本音のダブルスタンダードが当たり前になっているところではよく起こる現象である。通り一遍の話をすることはあっても、お互い本気でぶつかり合って「仲のいいけんか」ができるような関係になっていないのは、幹部どうしでは特に多い。
 加齢と共に著しく減退していくのが人の話を聞く能力である。よくありがちなのは、話を聞いている本人は「聴いているつもり」なのに、相手はまったくそう受け取っていない状態である。なぜそんなことになるのかと言えば、たとえば、聞いてはいるが、すぐに我慢しきれなくなって相手の話を途中でさえぎってしまう、といったことが起こるからである。待ちきれずに結局、自分の意見を言いはじめてしまうのだ。これは、話を最後まで聴き終わる前に、途中で話の内容を、自分が勝手につくったストーリーで予測してしまうから起こる。話を聴いているつもりでいて、実は自分の聞きたいように、自分の用意したストーリーに沿ってしか聞いていないのである。

なんだか琴線に触れたんですよ、この2カ所。こういうのって、折にふれて客観的に言われないと忘れがちなだね、と。というわけで引用を。

で、どういう本だったかというと、組織を進化させる価値観を共有して、さまざまなレベルでの信頼感に支えられながら、内発的動機をもつ社員によって変革する組織をつくる、ということについての一つの型を示した本。この本で提示されている考え方は特に新しくなくて、まず、組織環境の側面では「経営」と「仲間」への信頼感に支えら得る「場」を作り上げることが必要であり、そして「スポンサーシップ」と呼ばれる広義のリーダーシップによる組織運営を行うことが、組織を変革につながるというものです。

少々強引かもしれませんが、社内でのコミュニケーションを考えるための条件と、実践の際の方向感を(精神論的な側面をすこし強めに)重点的に整理して示した本だといってしまっていいのかな、と。ようするに、変化しはじめようという組織の中で起きること(当事者にとっては起こすこと)を描いているわけですから。

このような段階にいたるまでには、変革の理由である「危機感」を徹底的に議論しなければならない。ただ、それはそんなに簡単ではないですよ。「危機感」というは一般的には非常に漠然としていて議論するのが困難ですから。この「危機感」の共有が組織変革の一番やっかいなところだと思うのですが、そこにはちょっと届いてなかったですね、この本は。

なぜ社員はやる気をなくしているのか
柴田 昌治
日本経済新聞出版社 (2007/05/16)
売り上げランキング: 183
おすすめ度の平均: 4.5
5 「うんうん!」と思える内容でした
4 経営者は社員に対して働く意味と生きがいを伝えているか
5 オススメの一冊

2007年08月26日

『坂の上の雲』司馬遼太郎

日本列島とユーラシア大陸の間にある日本海。韓国やヨーロッパに向かう機内から何度か見かけたことがある。広いようで狭い海域。その南方の対馬列島沖でいまから 100 年ほど前、1905 年 5 月下旬に日本海海戦が行われた。

「坂の上の雲」という小説は、明治時代を代表する俳人・正岡子規と幼少のころから仲が良く、日本海海戦で先任参謀を務める秋山真之、その兄であり同じく日露戦争で陸軍の騎兵隊を率いる秋山好古の3人が松山で育つところから始まる。そして正岡子規の散文改革運動から正岡子規の死、そして日露戦争のいくつかの戦いを経て、日本海海戦に向かって話が進んでいく。

どういう物語であるかについては、作者の司馬遼太郎が原著のあとがき(最終的には全六巻だが、新聞小説であるため順次発行された第一巻のあとがき)がうまく言い表しているように思える。すこし長いが引用する。

 このながい物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。やがてかれらは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中でくびをつっこんでいく。最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほどに楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっともふるい大国の一つと対決し、どのようにふるまったかということを書こうとおもっている。楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつけて坂をのぼってゆくであろう。

たしかに楽天的な人たちの群像劇である。視点を変えれば、あれだけのことを成し遂げるには楽天的でなければできないであろう。ただし、楽天家たちの物語だからといって、中心となる明治という時代が明るく楽しかったかどうかは別問題である。

『八甲田山死の彷徨』読後にも感じた明治という時代の暗さはこの小説にも感じられた(余談だが『八甲田山死の彷徨』で一人の犠牲者もなく雪中行軍を終える弘前第三十一聯隊は、日露戦争(奉天会戦)においてほぼ全滅する)。この暗さの源泉の一つは、この時期の日本がおかれた植民地主義、帝国主義的なパラダイムから生まれているように感じた。また軍隊が関係するとどうしても物語が暗くなる。ある意味、しかたない。

明治初期に国が開いた後、日本の外に直接的、間接的に触れていく人たちのことに興味があって読み始めたが、違うところでまあまあ面白い小説だった。はじめての歴史小説で、未知のフォーマットだったのが良かったのかもしれない。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎
文藝春秋 (1999/01)
売り上げランキング: 483
おすすめ度の平均: 5.0
5 「日本人に読んでほしい歴史書」ランクNo1。近代史の一幕を描く感動の名作
5 司馬遼太郎の最高傑作
5 日露戦争以前、以降という視点で読むとさらに面白い。

2007年08月31日

十六歩

ぴしっとした生活を送りたいときのスイッチ、その2。

酔って自宅に帰ってくるときに、ときおり思いいたること。それはエレベーターから自宅の扉までの距離。

I waited for the compressed-air hiss of the elevator doors shutting behind me before closing my eyes. Then, gathering up the pieces of my mind, I started of on the sixteen steps down the hall to my apartment door. Eyes closed, exactly sixteen steps. No more, no less. My head blank from the whiskey, my mouth reeking from cigarettes.

Drunk as I get, I can walk those sixteen steps straight as a ruled line. The fruit of many years of pointless self-discipline. Whenever drunk, I'd throw back my shoulders, straighten my spine, hold my head up, and draw a deep lungful of the cool morning air in the concrete hallway. Then I'd close my eyes and walk sixteen steps straight through the whiskey fog.

Within the bounds of that sixteen-step world, I bear the title of "Most Courteous of Drunks." A simple achievement. One has only to accept the fact of being at face value.

No ifs, ands, or buts. Only the statement "I am drunk," plain and simple.

事実を事実として受け入れられる酔っぱらいが「もっとも礼儀正しい酔っぱらい」。たとえ、エレベーターから自宅の扉までが十六歩でなかったとしても。

2007年10月13日

退屈

ある日の晩のこと。近所の居酒屋で文庫本を読みながら、ビールを飲んでいた。読んでいたのは、近所の本屋で買ったエッセイである。その中にこんなくだりから始まる文章があった。

別に雨降りでもなかったが、ある晩、退屈しのぎにミステリーを読んでいると、犯人が三番目の殺人をしているところに電話がかかってきた。電話は、ミステリーとも殺人ともあまり関係のなさそうな、井上陽水からだった。

この文章の「退屈しのぎ」という言葉に、なぜか、懐かしい思いを感じた。ずいぶん長い間、退屈なんてしのいでないような気がしたのである。少しながら時間に余裕がある日の晩に、居酒屋のカウンターで刺身をつまみつつ、ビールを飲んでいるにもかかわらず、である。

別のエッセイにはこんな文章もあった。すこし長いのだが引用する。

「昔は、なんといっても、乗れる曲がよかったけどな」
「そうだな。ディスコなんかでも、ギンギンの曲がよかったもんな」
「ああ」
「朝まで踊ってても疲れなかったしな」
「でも、ディスコって帰るときが虚しいんだよな」
「いや、その虚しさがたまんないんじゃないか、ディスコって」
「確かに、そういうとこもあるな」
「まあ、どっちにしても昔のことだけど」
「元気だったなあ……俺たちも」
どんな奴らが喋っているのだろうと興味を覚え、体を斜めにずらしてさりげなく後の席を見ると、そこにいたのは制服姿の男子高校生ふたりだった。

<略>

ふたりは退屈しきっているようだった。何度も、つまらない、面白いことはないか、と言い合っていた。それを聞きながら、変わらないな、と思った。彼らの台詞がいつの時代の若者にも共通のものだったからだ。若者は常に退屈している。昭和三十年代の石原慎太郎の小説の登場人物も、常に何か面白いことはないかと叫んでいたような気がするし、四十年代の私だっていつもそう思っていた。退屈で退屈でたまらなかった。すべきことはいくらでもあるのに、もっと面白いものはないかと思いつづけていた。

長い間、退屈をしのいでないのはすでに若者ではなくなったからなのか、とぼんやり考えた。そういや、過去には退屈で退屈でたまらなかった時期があったのに……と。

どうやら、退屈というのは時間が経つにつれて変質するものであるらしい。

 

バーボン・ストリート (新潮文庫)
沢木 耕太郎
新潮社 (1989/05)
売り上げランキング: 144884
おすすめ度の平均: 5.0
5 せっかくならば
5 沢木さんに乾杯!(もちろんバーボンで)
5 深い

2007年11月09日

すこし古い読書感想文を4本

久しぶりに gree にログインした時に、すこし古い読書感想文(レビューともいうけれど)を見つけた。人目につかないところにうずもれてる感じがしたので、ブログに転記してみる。

あ・じゃ・ぱん
あ・じゃ・ぱん
posted with amazlet on 07.11.09
矢作 俊彦
角川書店 (2002/03)
売り上げランキング: 142380

ずいぶん前に読んだ本だけれど、小説っていいよねと、その力強さを深く感じさせてくれた本であり、もう一度読みたいと思ってる。

特に東京出身で大阪にいる人や、大阪出身で東京にいる人(僕はこの類である)だと、感じるところは結構大きいかも。逆に一箇所にとどまっている人には、日本(=じゃぱん)の多様性、多層性がぴんとこないかも。

しかし、この本、もともとは新潮社から上下巻で出ていたのが、角川から一冊で出ているのね。このほうが胡散臭くって、むしろいいかも。(2004/07/29)


新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く
アルバート・ラズロ・バラバシ 青木 薫
NHK出版 (2002/12/26)
売り上げランキング: 2574

「ネットワーク」というキーワードを生業にしている人たちは、この本に書かれていることをどこかしら直感的または無意識に理解しているのじゃないのかな、と思う。テクノロジーとしてのネットワークを考える場合でも、ソーシャルな人的ネットワークを考える場合でも、フラットなネットワークとして考えるよりは、繋がり方のパターンに何らかの法則があると感じるはず。

その繋がり方の法則について、この本は「世界の誰とでも六人で繋がっている」、インターネットの弱点は?ケヴィン・ベーコン・ゲーム、 Google とアインシュタインの繋がり、エイズの急速な広がり、Web リンクのトポロジー、アルカイダの組織、Hotmail 成功の理由など、次々に繰り出される話題をつかって、興味を絶やすことなく語っている。そういう意味では、頭の中でなんとなくもやもやしていたことをうまく晴らしてくれる好著であるし、「ネットワーク」というキーワードを生業にしている人は一度ぐらいは目を通しておいても悪くない本だと思う。(2004/08/28)


会社はこれからどうなるのか
岩井 克人
平凡社 (2003/02)
売り上げランキング: 15252

アメリカ型の資本主義、会社システムと日本型の資本主義、会社システムを対比させるやりかたで、グローバル化、IT革命、金融革命の三つのキーワードを中核として、「会社」がこれからどうなっていくのかを、とても平易な言葉で説明している良著。

他の本とこの本の違いは、平易な言葉を使っているだけではなく、本の前半で、そもそも、会社とは何であるのかを、平易な言葉でわかりやすく解説していること。平易な言葉をつかっても、説明がわかりにくいこともあるのに、そういう罠にはまっていない。これは、まえがきにもあるのだが、著者自身が「わたし自身、一度も会社で働いたことがない純粋培養の学者です」ということをよく理解したうえで、「現実とはすこし離れた位置から、物事を構造的・長期的に眺めて」みた結果であると思われる。

裏オビに「中学生でもわかること。おたくの社長の知らないこと。」という糸井重里のコピーが書かれているが、企業経営に近い立場にいる人にはぜひ読んでおいて欲しい本である。(2004/08/28)


博士の愛した数式 (新潮文庫)
小川 洋子
新潮社 (2005/11/26)
売り上げランキング: 2796

台風が来ている日に外出するのも面倒なので、ずいぶん前に買っていながら手付かずだったこの本を読みました。で、一気に読みきりました。かなり良質の小説です。読みはじめから最後の最後まで手を抜くことなく書かれていて、下手なハリウッド映画を借りて見るより、楽しめます。

この作者の小説ははじめて読んだのですが、いいですね。個人的には、料理や食事のシーンをうまく書ける作家を高く評価する傾向にあるのですが、この人もうまいです。

悪意や悪人の出てこない、ディセントな人たちだけのディセントかつ奇抜な設定の物語(80分だけ継続する記憶、回文、素数、江夏豊、野球カード、オイラーの公式等)ですが、嫌味がなくて、こういう世界があればいいなと素直に思わせてくれます。同時に、人の記憶というのは重要なのだと再認識させてくれました。(2004/09/12)

2007年11月27日

そういえば、「ミシュランガイド東京 2008」買いました。

そういえば、先週の木曜、あわただしく移動する合間に買いましたよ、ミシュランガイド東京版。

MICHELIN GUIDE東京 2008 (2008)

日本ミシュランタイヤ (2007/11/22)
売り上げランキング: 1

赤坂アークヒルズの丸善で平積みになっているものを購入。書店を出てランチに向かったのは近くにあった Soup Stock Tokyo。もちろんミシュランとなんの関係もなし。

この手のモノは、マスコミがムダに騒ぐ ⇒ 本来の客層からすると質の悪い客が増える、という状況が起きるのは自明ですから、しばらくは近寄らない方がいいレストランリストという意味では重宝するでしょうな。選ばれるべきレストランが掲載されているかどうかはしりませんよ、そんなもの。

個人的にはミシュランがネット版を提供しないのか、という点に興味があります。ザガットのネット版の会員なのですが、東京版に加えて、出張とか旅行で出かけたときに海外で使えるのは便利なんですよね。あ、でも、ミシュランはそういうユーザは相手にしないかもですね。おフランスですものね。やっぱりそうですよね。

2007年12月18日

年末年始に読みたい本

今年の年末年始はめずらしくどこにも行かないのです。おそらく十数年ぶりのこと。

で、溜まっていて読めない本を読めればなぁ、とおもっているわけです。今のところ積ん読モードにあるのはこんな本たち。

囚人のジレンマ
囚人のジレンマ
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リチャード パワーズ 柴田 元幸/前山 佳朱彦
みすず書房 (2007/05/24)
売り上げランキング: 22468

原書で途中まで読んだのですが、パワーズの英語は難しすぎて断念。ようやく待望の邦訳がでました。

わたしを離さないで
わたしを離さないで
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カズオ イシグロ
早川書房 (2006/04/22)
売り上げランキング: 1762

イシグロはいい小説を書きますよね。

パズル・パレス (上)
パズル・パレス (上)
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ダン・ブラウン 越前 敏弥 熊谷 千寿
角川書店 (2006/04/04)
売り上げランキング: 23749

その昔、San Francisco で乗ったタクシーの運転手に勧められた小説。著者はご存じ「ダ・ヴィンチ・コード」のダン・ブラウン。

走ることについて語るときに僕の語ること
村上 春樹
文藝春秋 (2007/10/12)
売り上げランキング: 67

しょうがないですよね。村上の本は同時代感(同世代、じゃないですよ)ということで読み続けなくちゃいけないんですよ。

物語の作り方―ガルシア=マルケスのシナリオ教室
G.ガルシア=マルケス 木村 栄一
岩波書店 (2002/02)
売り上げランキング: 18579

買ってからずいぶん長きにわたって未読のまま。この年末年始には読み終わるか?

まだまだ他にもあるのですが、ここに挙がっている本はとりあえず趣味で読む本なわけです。他にも大学院関係の本も読みたい&読まなくちゃいけないものがあるし、冬休み中に片付けておかなくちゃいけない課題はあるし、自宅の大掃除もあるし。意外にばたばたしそうな年末年始を過ごしそうな予感が……

2008年01月14日

「囚人のジレンマ」リチャード・パワーズ

ゲーム理論で取り上げられる問題の名前を冠しているが、経済学についての本ではなくてリチャード・パワーズの小説。歴史と家族と現代の課題についての小説であり、非常に刺激的である。パワーズの小説を読むのは「舞踏会に向かう三人の農夫」に次いで二冊目。

とても Structured な小説。勢いに任せて頭から読みこなしていくと、途中でわからなくなる(可能性が高い)。行きつ戻りつしつつ、3つの物語の重なりと差異を確かめつつ読まなければならない。まるで「囚人のジレンマ」を理解し、問題を考える作業に似ている。

この小説から得られるものがあるとするなら、次の2つのフレーズである(だった)。

いまどこにいるのかは、どうやってそこにたどり着いたのかに依る

自分の意志で行動するよう、他人にけしかけてもらう必要がある


これだけを見ると主体性に欠ける受動的な雰囲気を感じるが、キャッチーでシンプルな構造が良きことをもたらすわけではない。単純化した意志決定が全体と個体の両方に利益をもたらすというわけではないのである。

最後まで読んで、またもう一度読みたくなる小説である。構造的ななにかが好きな人には強くおすすめする。


囚人のジレンマ
囚人のジレンマ
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リチャード パワーズ 柴田 元幸/前山 佳朱彦
みすず書房 (2007/05/24)
売り上げランキング: 83088

2008年02月16日

良いニュースは小さな声で語られる

覚えておかなければならないこと。

「……ここは血なまぐさく暴力的な世界です。強くならなくては生き残ってはいけません。でもそれと同時に、どんな小さな音をも聞き逃さないように静かに耳を澄ませていることもとても大事なのです。おわかりになりますか? 良いニュースというのは、多くの場合小さな声で語られるのです。どうかそのことを覚えていてください」

村上春樹 「ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編」 333 - 334 ページ

2008年03月02日

「仮説思考」内田和成

昨日に引き続き読書メモ。以前から気になっていた本だが、内田先生に修論の副査をお願いすることになり、昨年授業をとっていたにも関わらず、いまごろになって読んでみた(というか、読んだのは2週間ほど前のこと)。

タイトルそのままなのだが「仮説思考」という思考・行動プロセスについての本である。この「仮説思考」という思考・行動プロセスを実践する意味は、次の通り。

 実は仕事が出来る人は、人より答えを出すのが早いのである。
 まだ十分な材料が集まっていない段階、あるいは分析が進んでいない段階で、自分なりの答えを持つ。こうした仮の答えを、われわれは仮説と呼ぶのだが、その仮説をもつ段階が早ければ早いほど、仕事はスムーズに進む。もう少しくわしくいえば、仕事の早い人は限られた情報をベースに、人より早くかつ正確に問題点を発見でき、かつ解決策につなげることのできる思考法を身につけているのである。
 一方で、仕事が遅い人の特徴は、とにかくたくさんの情報を集めたがることだ。どちらがニワトリでどちらか卵かわからないが、情報がたくさんないと、どうにも意志決定できないのである。

情報が少なくとも自分なりの答えをもつのが「仮説思考」であり、「仮説思考」に対するのは「網羅思考」とでも呼べばよいようだ。

では「仮説思考」の実践だが、このように書かれている。

 具体的には、まずストーリー構成を考える。たとえば、「現状分析をするとこういう分析結果が得られるだろう。その中でもこの問題の真の原因はこれで、その結果としていくつかの戦略が考えられるが、最も効果的なのはこの戦略だ」ということを、十分な分析や証拠のない段階でつくり上げる。
 つまり、問題に対する解決策や戦略まで踏み込んで、全体のストーリーをつくってしまう。そうすると、ごく一部の証拠は揃っているけれども、大半は証拠がない状態になり、そこから証拠集めを開始することになる。その場合には、自分がつくったストーリー、つまり仮説を検証するために必要な証拠だけを集めればいいので、無駄な分析や情報収集の必要がなくなり、非常に効率がよくなる。

このように仮説を立てた後、それが正しいかどうかを実際に検証し(証拠を集めたり、実際に実践してみたり)、仮説をより良く仕上げていくというのが、仮説 <-> 検証の思考・行動プロセスである。

この仕組みだが、要領よく物事をすすめ、より良い結果を導き出すためには、とても効率のよいプロセスである。こつこつと進めるのは得意だけどいつも良い結果にたどり着かない……という人に特に実践してもらいたい、と(自分のことを棚に上げながら)感じた。

あと、読者のボリュームターゲットは若手の社会人だと思うので、新書で出版すれば、読むべき人々に読んでもらえるようになると思うのだが。


仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法
内田 和成
東洋経済新報社 (2006/03/31)
売り上げランキング: 3004

2008年03月14日

「変人力」樋口泰行

昨日、今日の出張の移動中に読んだ本(現在、新幹線車内)。しばらく前にマイクロソフト日本法人の代表になることが決まった元ダイエー社長である樋口泰行さんが昨年出版した。

樋口さんは昨年早稲田のリーダーシップの講義で講演されたのだが、あいにく出張で欠席したため話を伺えなかった。出席した人達からは、この講義(毎回、企業トップが講演するスタイル)で1,2を争うぐらい良かったと聞かされており、出席できなかったのは非常に残念だった。

で、この本がその時の講演をある程度再現している、ということなので楽しみに読んだのだが、日本HP、ダイエー、マイクロソフトクラスの企業トップに必要とされる資質・能力だけでなく、マネージャーレベルであっても見通しておかなければならない領域があまねく網羅されていて、参考になる部分が多い。

樋口さん曰く、変化の激しい、ドラスティックで厳しい環境にある組織におけるリーダーには、現場の創意を最大限に引き出す力である「現場力」と、人と組織を正しい方向に導く力である「戦略力」に加えて、変革を猛烈な勢いでドライブし続ける「変人力」が必要だという。「変人力」はこういう風にも説明されている。

揺るぎない軸を持って社内の固定概念を打ち破る力、サムライにも似た気概で修羅場をくぐり抜ける力、熱き言葉で信念を伝え続ける力……私はこれらの力を総称して「変人力」と呼んでいるが、企業再生やM&A(合併と買収)が常態となるこれからの時代には、まさに「変人力」に裏打ちされたリーダーシップが不可欠である。

この「変人力」もさることながら、樋口さんが言っていることに厚み/熱みがあるのは、現場と同じ目線で考え、実行しようとする姿勢である。経営コンサルティングや投資ファンドにありそうなフレームワーク偏重な姿勢でなく、フレームワークのよさを認めつつも「事件はあくまで現場で起きている」的な姿勢を崩さず、軸もぶらさないところがこの人のすごいところなのだと感じる。

「経営に関わりたい動機」は最近の個人的な関心の一つなのだが、樋口さんはこのように書いている。

私にとっての一番の報酬は「社員が生き生きと働く姿を見られること」に他ならない。一緒に働いている社員達が歯を食いしばって改革に邁進し、組織全体がプラスの方向に転化していく。そのとき社員たちが見せる笑顔が、かけがえのない報酬になっている。

<中略>

結局のところ、変人になる最大の目的とは、「仲間と一緒に輝く」その醍醐味にあるのではないだろうか。

簡単な言葉だが、何かあるような気がする。すこし反芻してみよう。

変人力―人と組織を動かす次世代型リーダーの条件
樋口 泰行
ダイヤモンド社 (2007/12/07)
売り上げランキング: 9888

2008年04月10日

「池波正太郎の食まんだら」佐藤隆介

昨日、アメリカ行きの機内で読んだ本。といっても、まだ全部読んでないのだけれど。

「食道楽」池波正太郎の書生を10年ほど務めた佐藤隆介さんが、池波正太郎の記憶と共にゆかりのお店を紹介している。昭和のよき香りただよう、日本のよさを伝えてくれる店ばかり。神田界隈に始まり、銀座周辺、浅草、横浜、そして名古屋・大阪・京都などの店が取り上げられて、また鮨屋での作法、鰻屋での作法、蕎麦屋での作法などなど。

ということで、和食好きにとってはアメリカ行きの機内で読むような本ではない、と。読めば読むほど日本に戻りたくなってくるので、最初のいくつかを読んだ後、帰りの機内で読むように残しておいた。準備の際に「軽そうな本も入れておくか」とshu* さんのエントリをみて買ってあったものをつい持ってきてしまったのだが、うまくすると帰国便で楽しめるかもしれない(ポジティブシンキング)。

池波正太郎の食まんだら (新潮文庫 い 17-52)
佐藤 隆介
新潮社
売り上げランキング: 169292

2008年05月05日

「おつまみ横丁 すぐにおいしい酒の肴」

酒の肴は、冷蔵庫でよくみかける素材でぱっとつくれるのがやはりよいのである。

先日、神保町で時間が空いたので書店に寄って本を買ったときに、レジの近くに平積みされてたので思わず買ってしまったのがこの本。ほとんどのレシピが、3ステップで完了しており、手軽に作れるモノばかり。

185も掲載されているメニューの中で気になったものはというと、

・ホタテと切り干し大根のサラダ
・さんまのしょうが煮
・かぶとスモークサーモンの甘酢和え
・煮やっこ

などが、自分のなかでは思いつかない系であり、機会あれば試してみたい。

実はけっこうな数のレシピ本を持っているのだが、手軽できれいな本なので、個人的には高評価である。


おつまみ横丁―すぐにおいしい酒の肴185

池田書店
売り上げランキング: 33028

2008年05月18日

「NTTの自縛」 知られざる NGN 構想の裏側 宗像誠之

NGN が線香花火にならなければいいのだが、とこの本を読みながらあらためて思った。

日経コミュニケーションが年に1度出版する通信関係の業界動向本。今回はテーマは NGN を補助線としてみた NTT 像。「フレッツ光ネクスト」が開始される前の今年2月に出版されており、ようやく目を通すことができた。

古い価値観に縛られているといわれる日本企業。NTT も例外ではなく、そしてその価値観は「電話的価値観」であるとしている。「電話的価値観」ができあがった背景には、1) 交換機を開発してきた経緯、2) 交換機網の運用、3) 昔の電話のビジネスモデル、があげられている。そして、この三つの背景をもとにして、

(1) 国内通信機器メーカーと組んで、NTT自らが信頼性の高い交換機を開発する「自前主義」

(2) 交換機で信頼性の高い電話ネットワークを構築した後は、計画に従って維持し続けることを重要とする「計画を重視するマインド」

(3) NTTの都合でインフラを高度化してもコストを回収できるという電話ビジネスから生まれた「プロダクトアウト的思考」

という「電話的価値観」が生まれたとする。しかし、このような価値観では IP ネットワーク時代には通用しない、発想を転換して IP 的価値観をもった組織へと自らを改革していってほしい、というのがこの本に込められたメッセージである。

たしかに先日大手町にある NTT NGN のショールーム "NOTE" を見学したのだが、紹介されているものは電話的発想にもとづく仕組みやサービスばかり。上記のような「電話的価値観」をみずから強化するような、そして IP 的価値観を寄せ付けなくするような雰囲気がショールーム "NOTE" にあることは否めない。

しかし、古い価値観に縛られた組織が自浄的に発想を転換し、自ら改革することはそう容易くはない。かような状況に大きな花火として生まれ落ちた NGN が組織改革、経営変革のあだ花として線香花火にならなければよいのだが。NGN がもつ「高信頼度の IP ネットワークの実現」という目標はとても意味があることなのだから。

通信業界を恒常的に見ている人には少々物足りないところもあるが、NGN というキーワードの裏にある NTT 像を見てみたいという人には参考になるだろうという本。


NTTの自縛 知られざるNGN構想の裏側
宗像 誠之
日経BP社
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2008年06月26日

「そのどれいは必死に逃げた」

マイミクさんの日記で紹介されていた。

「笑う英会話」

おもしろすぎて、仕事中に笑いが止まらなくなったことは内緒だ。


笑う英会話―参考書や英会話本に載っている

彩図社
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2008年08月02日

「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹

経営や IT と関係ない本を読んだのは久しぶり。

自分の中のそういう視点(効率性とか戦略とか事業システムとか)が強まっていて、つまらなかったらどうしようと読み始める前に危惧したが、ノンフィクション的な内容なのでリラックスして読むことができた。逆にいうと、経営や IT にそこまで影響されていないともいえるけれど。

僕は 10 数年前からちょくちょくジョギングしていたが、大学院に通うと時間が取れないだろうということで昨春から走らなくなった。5 〜 8 km を走るとおおよそ 30 〜 45 分。走る前のストレッチが 5 分、走った後のクールダウン&シャワーで 30 分。ジョギング一回につき、なんだかんだと1時間半程度の時間が必要となる。この時間を考慮しながら他のタスクをこなしていくのは大変、ということで走ることをやめていた(飲み会には行くのだけどね)。

しかし大学院の講義もほとんどが終わり(秋に一つ講義を取る予定)残された作業は修士論文の作成なので、ある程度スケジュールに融通が利く日々が戻ってくる。そしてタイミング良くこの本を読んだということで、再び走り始めることにした。

昨日はまず足慣らしと言うことで近くの周回コースを 5 km ほど。陽の残る夕方に走ったが、自分の身体が重たくなっていることがよくわかった。そして自分のペースで黙々と身体を動かすことはやはり気持ちいい。この感覚が残っているうちに皇居の周りでも走りに行こうかと思う。


走ることについて語るときに僕の語ること
村上 春樹
文藝春秋
売り上げランキング: 1441

2008年08月17日

「パズル・パレス」ダン・ブラウン

「ダビンチ・コード」の原型的な小説。ハリウッド映画的なので安心して読み進められる。

作中で重要な位置を占める NSA や暗号関連の事柄についてはそれなりに研究しているようですが、日本のことについては(重要な登場人物が日本人)ツッコミが今ひとつ足りない。日本の大学のメールアドレスは .edu ドメインじゃないし。名前もあれじゃあちょっと……

ただ、重たくなくてスピード感があり、シーンの切り替えが映画的なのですらすら読めるのでエンターテイメント小説としては出来が良い方なのでは。まあ、単行本ではなくて、文庫で十分という気もしますが。

休暇のフライトの中で読むと丁度良さそうな小説です。もともとは年末年始に読もうと思っていたのですが、自宅でぐうたらしながら読みました。


パズル・パレス (上)
パズル・パレス (上)
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ダン・ブラウン
角川書店
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暗号解読 上巻 (1) (新潮文庫 シ 37-2)
サイモン・シン
新潮社
売り上げランキング: 1820

2008年12月06日

「クラウド化する世界」ニコラス・G・カー

氷山的な毎日を送っている日々が続いているが、いくつかの要件が重なったので必要に駆られて「クラウド化する世界」を読んだ。「読んだ」というのは実際にはふさわしくなく、ほんの1時間半ほどで文章を飛ばし飛ばしの拾い読みである。

拾い読みしながら徐々に感じられたのが、梅田望夫さんの「ウェブ進化論」を読んだときと同じ感触。「ウェブ進化論」を読んだときのエントリから抜粋しておく。

出版開始後すぐに手に入れて、ちんたら読んでいると「この人、ネットにいない人にネットを伝えるために”書籍”というフォーマットでものすごいがんばってこの本を書いたのだな」と強く感じました。旅行というのは実際に現地に行って初めてその土地の空気やにおいを感じられるのだけれどそれを伝えるための良質な紀行小説、のような位置づけを目指したのがこの本なのじゃないかなぁ、と。

ネットとリアルワールドの隔たりを、この「クラウド化する世界」と「ウェブ進化論」を読んでいるときに一番感じた。日頃からインターネットに近しい人が、インターネットで何が起こっているかをインターネットにあまり近くない人に伝えるためのツールなのである、この書籍は。

ただし、急速に変化しつつあるエリアの紀行小説なので情報現としての賞味期限は短い。おそらく数ヶ月といったところか。


クラウド化する世界
クラウド化する世界
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ニコラス・G・カー Nicholas Carr
翔泳社
売り上げランキング: 200

2009年01月25日

「Suicaが世界を変える」椎橋章夫

修士論文のテーマが「電子マネー」で、そこにはSuica も含まれているので、Suica の準備〜登場から展開の歴史を知るために論文執筆中に読んだ本。社会インフラとしての鉄道情報処理技術が、どれくらいの準備期間を経て、どれくらい周到に準備されて世の中に登場するかがイメージできて論文執筆中にもかからず面白く読んだ。

Suica が開始されたのは 2001 年 11 月。しかし、Suica のベースとなる 非接触 IC カード技術の利用の検討が鉄道総合研究所(鉄道総研)で開始されたのはそれから 10 年以上さかのぼる 1987 年のこと。2009 年の今から始めると 2023 年に日の目を見るということなので、とても気の長い話。

で、時間はかかるものの研究開始から立ち上がりまで順調にすすんだかというと、物事はそんなに甘くはない。鉄道総研で研究していた非接触 IC カード技術がようやく形になり始めようとしている 1990 年に、JR 最大の企業である JR 東日本は、関西の私鉄を中心に採用されてきた磁気カード技術を自社の自動改札システムに本採用する方針を決めた。JR 自動改札の償却期間は 10 年。つまり非接触 IC カードのような新しい技術にとっては 10 年間は出番がないということを意味する。しかし、JR 東日本の非接触 IC カード研究チームと研究期間である鉄道総研、研究開発元のソニーは、この失われた 10 年を利用して非接触 IC カード技術ベースの自動改札システムを成熟させていく(この本では主に JR 東日本側からの視点で描かれている)。そして、10 数年の長い時間をかけて、一日に 2000 万トランザクション(Suica + PASMO)を発生させる鉄道乗車カードシステム基盤の実現へと導いていった。

ある仕組みの実現にむけて重要な役割を果たした技術者の姿を身近に感じることができる本。新しいことに取り組もうとしている若手技術者が読むと勇気づけられるんじゃないかな。また、Suica だけでなく電子マネー普及への貢献度をかんがえると、ソニーの FeliCa チップ開発陣にももっと日が当たってもいいのに、と感じた。


Suicaが世界を変える JR東日本が起こす生活革命
椎橋 章夫
東京新聞出版局
売り上げランキング: 75333

2009年02月25日

説得性の高い企画・提案のために

今回修士論文を書くにあたって参考にした伊丹敬之さんの「創造的論文の書き方」にこんなくだりがある。

 自分の思考プロセス、自分が作業でたどった時間プロセスを、繰り返しても仕方がないと思っても、自分なりに論理構成だと思うもので一ぺんとにかく書いてごらんなさい。それが第一段階。そこで書いたものをじっと見て、この結論を他人様に説得的に伝えるにはどういう書き方をしたらいいか、ということを次に考えなさい。その結果できるのが、第二段階の文章です。
 その第二段階で他人様に見せる文章ができてくるんだけれど、その時に気を付けなければいけない最大のポイントは、自分が考えるプロセスで考えたことのすべてを書く必要は全くないということです。ましてや、あれこれ考えた時間の順序通りになぞるような書き方は絶対にしてはいけない。そういう場合には結論からスタートすべきであって、こういう結論を最終的には納得してもらいたい、そのためにはこういうふうに言わなければいけない、というふうに考えて、不必要だと思うことはどんどん切らなければいけない。
 自分があれこれ考えたことは、舞台裏のこと。プロの役者は舞台裏でどんなに稽古をしていても、舞台の上では涼しい顔をして演技するものです。

これはビジネスにおいて、社内の人を動かすための企画書や社外の人を動かすための提案書を書くときにもまったくあてはまる話です。ここでいう第二段階まで進んでいる「説得的」な内容を示せば、興味を持ってくれる人が現れるはず。

しかし「他人様に説得的に伝える」書き方というのはたいてい難しい。ある意味腕の見せ所なのですが、一番骨が折れるプロセスなわけです。ただ、ここをしっかりと出来るかどうかがプロとアマチュアの違い、と思えば、まじめに精進し続けなければいけないわけですが。

創造的論文の書き方
創造的論文の書き方
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伊丹 敬之
有斐閣
売り上げランキング: 23155
おすすめ度の平均: 4.0
5 学術論文を書いてみたい人には良書。
4 論文とは?
5 社会科学に必要なものの考え方
5 完成度高いです
4 あー、わかるわかる。そうだよねー。

2009年03月29日

「グラミンフォンという奇跡」

出版されてから1年半以上経つので、少し時機を逸した感があるが、起業家のストーリーと発展途上国における携帯電話インフラの普及を描いた面白い本だった。

一つ目のテーマであるグラミンフォン起業のストーリーは、いささか失礼かもしれないが、比較的よくある話。想いを持っている人(グラミンフォンの場合、バングラディシュ出身で、ニューヨークの投資銀行に勤めるイクバル・カディーア Iqbal Quadir)がいて、多少の偶然にも助けられながらさまざまな人と出会い、自らの着想を徐々に形作って、ついに起業していくというもの。

通常の起業ストーリーとすこし違うのは、移動体通信事業、つまり事業展開のためには政府からの免許が必要であり、かつ設備投資が収入より先行するという点と、それが発展途上国での事業であるという点。この2つの点において、よくある起業家のストーリーと趣を異にしている。少なくとも発展途上国での通信事業ベンチャー起業話でこのように面白く読めるものはなかなかないのでは、と思う。しかし一方で、多くの起業のストーリーと同様に、想いの実現に必要なものは、くじけない心、幅広い人脈、そして適切なタイミングで物事が前に進むための運であることが再確認できた。

この本のもう一つのテーマ、発展途上国における携帯電話インフラの普及については、北欧の通信事業者のワールドワイドな展開の一環として読むことができる。グラミンフォンには創業当初も現在も、株主として日本での NTT のような旧国営の通信事業者であるノルウェーの Telenor が深く関わっている。ノルウェーのグラミンフォンへの関与は、この本によると、バングラディシュ鉄道の光ファイバー網敷設にノルウェー開発協力局(NORAD)が関わったことから始まった。そして、グラミンフォンを起業しようと試みているカディーアは次のように認識していた。

携帯電話のオペレーションで最も成功している北欧諸国の電話会社なら、もっとも優れたノウハウを提供でき、大胆なリスクもとれるだろうと、カディーアは考えた。北欧企業は1991年に最初の国際携帯電話システムであるNMT方式(450メガヘルツ)を、1986年に900メガヘルツのサービスを、1992年にGSM方式を共同開発して事業を開始した。1995年にノルウェー人の22%が携帯電話を利用していたが、これは当時世界一の携帯電話普及率だった。今日でも、EUの携帯電話普及率はアメリカよりも高い。

北欧企業は自国の人口が相対的に少ないので、新市場に積極的に参入してきた。東欧進出の成功に続いて、北欧人は他の国々でも、脆弱なインフラ、低い購買力、官僚的な政府に ーいずれもバングラディシュにそっくり当てはまるー アメリカ人よりもうまく対処することができた。<中略>

そのうえ、北欧の電話会社はほとんどが国営で、総じてバングラディシュの開発ニーズに敏感だった。これは、ノルウェー開発協力局(NORAD)が早期に光ファイバー投資を決めたことからもわかる。

グラミンフォン立ち上げの経緯は省略するが、その途中で NORAD は重要な役割を果たしている。またグラミンフォンは Telenor が支配権を持つ形で事業が開始され(Telenor 51%、Grameen Telecom 44.5%、Gonofone 4.5%)、現時点でも Telenor のグループ企業である。ヨーロッパ的なグローバル展開といえばフランス、イギリスなどによる旧植民地へのビジネス展開だが、Telenor と Grameen Phone の場合はそうではなく北欧的な政府と民間の連携によるグローバル展開ではないかと思う。この本では Telenor や NORAD の立場から描かれていないので詳細は不明だが、もし描けるのであれば通信事業者のグローバル展開や海外直接投資などのケースとして面白いのではないかと思う(なんとなくそういうケースがどこかに転がっているような気もするが)。

最後に一つ備忘録。グラミンフォンは、マイクロファイナンスのグラミン銀行と密接な関係があり、マイクロファイナンスの話もでてくるのですが、オープンソースのマイクロファイナンスプロジェクトで MIFOS というのがある。へえ。これはおもしろいかも、と。

2009年05月02日

「ウェブはバカと暇人のもの」

サブタイトルに「現場からのネット敗北宣言」、紹介文に「本書では、『頭の良い人』ではなく、『普通の人』『バカ』がインターネットをどう利用しているのか?リアルな現実を、現場の視点から描写する」とあるように、インターネットに関して想像的な理想論ではなく、現実的に起きていることを取り上げて、インターネットに接していない人たちに提示しようとしたものである。

というわけである程度以上にインターネットに接していれば、次のようなインターネットとそれにまつわる見方には、程度や是非を別にしても感じるところがあると思う。

悲しい話だが、ネットに接する人は、ネットユーザーを完全なる「善」と捉えないほうがいい。集合知のすばらしさがネットの特徴として語られているが、せっせとネットに書き込みをする人々のなかには凡庸な人も多数含まれる。というか、そちらのほうが多いため、「集合愚」のほうが私にはしっくりくるし、インターネットというツールを手に入れたことによって、人間の能力が突現変異のごとく向上し、すばらしいアイディアを生み出すと考えるのはあまりに早計ではないか? (p.17-18)
凡庸な人間はネットを使うことによっていきなり優秀になるわけではないし、バカもネットを使うことによって世間にとって有用な才能を突然開花させ、世の中によいものをもたらすわけでもない。(p.18)
世の中には一日に何回もブログを更新する人は多いし、2ちゃんねるをのぞくと、朝の3時だろうが昼の3時だろうが、人気の高いスレッドにはコメントが続々とついていく。

<中略>

本章の冒頭で説明したが、いじめる対象である「バカ」を見つけたところですぐさま関連したサイトを見つけ出し、それを皆で共有し、挙句の果てにはまとめサイトを作ったり電凸をする人が存在する。

<中略>

何のモチベーションがあってそんなことをするのかを一瞬悩んだものの、結論は「暇だからやっている」としか考えられないのである。(p.61-62)

・ネットはプロの物書きや企業にとって、もっとも発言に自由度がない場所である
・ネットが自由な発言の場だと考えられる人は、失うものがない人だけである (p.90)
「オープンソースでプログラムを作る」などといった「頭の良い人」の世界では、Web2.0の概念が非常にしっくりきて、すばらしいプログラムの誕生へと役立つことだろう。だが、相手が暇つぶしの道具としてインターネットを使っている「普通の人」か「バカ」の場合、双方向性は運営当事者にとっては無駄である。(p.92)
ネットがない時代にもともと優秀だった人は、今でもリアルとネットの世界に浮遊する多種多様な情報をうまく編集し、生活をより便利にしている。ネットがない時代に暇で立ち読みやテレビゲームばかりやっていた人は、ネットとう新たな、そして最強の暇つぶしツールを手に入れただけである。 (p.241)

で、こういうインターネットとそれにまつわる見方だけが本書に書かれているかというとそうではなくて、

・ネットで叩かれやすい10項目
・ネットで受けるネタ (9項目)
・企業がネットでうまくいくための5項目

がハウツー的にハンディにまとめられているあたりが、ネットに深く接していない人たちにとって現在のネットとうまく処していくための判断材料となりえて、この本のポイント(存在意義)となるんじゃないかと。ただまあ、本書に書かれていることについては2000年以前から同じようなことは起きていて、比率・程度・絶対数がこの10年で変わったとみるのが妥当な見方だろうと思うんだけれど。

それから、雑誌とネットの関係については、明確に意識したことがなかったので、参考になった。コンシューマー向けではない領域でのビジネス設計を考える一つのヒントとして捉えられないかな、とも思ってみたり。

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
中川淳一郎
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「わたしを離さないで」カズオ・イシグロ

今回運良く小説の内容をあまり知らずに読み始められたのはラッキーだった。

小説を読む醍醐味の一つは、作品の空間や世界がどのように成り立ち、読者をどこにどう連れて行ってくれるのだろうかという期待とその実現プロセスにある。そのような点において、本作品は作品に関してできるだけ少ない情報で読み始めて、作品世界を構成する要素を読者は読み進めながら自分で見つけていくことでその世界に入っていき、そして驚きを持ってその世界をくぐり抜けて、読み終わることができる、非常に小説らしい小説である。本書における柴田元幸の解説にある「細部まで抑制が利いていて、入念に構成されていて、かつ我々を仰天させてくれる、きわめて稀有な小説」という小説評に力強く同意できる。

カズオ・イシグロの小説は「日の名残り」に次いで2冊目だが、「日の名残り」とはまったく異なる作品世界であり、本作品におけるその裏切り方はものすごい。一方で「記憶の大切さ」や「運命の残酷さ」といったテーマや、人と人の関係における、ただのナイーブさではない、細やかな機敏の切り取り方は共通していながらも、凡庸なクリシェのかけらも感じさせないのもさらにすごいとしか言いようがない。

内容が内容なので、小説の内容については多くを語らないでおくが、未読の方で小説読みの方はぜひ一度。

p.s.
今年の春の連休は読書週間ということで、積ん読モードのものを読んでいきます。

わたしを離さないで
わたしを離さないで
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カズオ イシグロ
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2009年05月04日

「日本語が亡びるとき—英語の世紀の中で」水村美苗

日本語で書かれた文学、特に小説が最近つまらない、正確を期すと時間をかけて読むべきものであるように思えないという認識はよくわかる。ただ、それが事実なのか、他の領域への興味分野の拡大によるものなのか、加齢による興味対象の変化なのか、いずれによるものなのかは僕個人としてはいまひとつ区別がついていない。

この本が書かれた問題意識は、著者の友人(「同じ年くらいの日本女性で、やはり日本近代文学に親しんで育った」「自他共に認める才媛で、アメリカの著名な大学の先生」)の言葉を借りて次のように表現されている。

「あたしたちが小さいころ、小説家っていったら、モンのすごく頭がよくって、いろんなことを考えていてーーなにしろ、世の中でいちばん尊敬できる人たちだと思ってたじゃない。それが、今、日本じゃあ、あたしなんかより頭の悪い人たちが書いているんだから、あんなもん読む気がしない」

同じように感じているであろう著者は次のように引き取るのである。

過去の遺産ゆえ、日本文学から、現実にはもうありえない高みをいまだ期待してしまうのである。今、「文学」としてまかり通っているものの多くが、過去の遺産ゆえに、「文学」としてまかり通ってしまっているという事実にいつまでも慣れないのである。そして、それと同時に、何かが日本文学におこりつつあるのをーーひょっとすると日本文学が、そして日本語が「亡び」つつあるのかもしれないのを感じているのである。

<省略>

この本は、この先の日本文学そして日本語の運命を、孤独の中でひっそりと憂える人たちに向けて書かれている。そして、究極的には、今、日本語で何が書かれているかなどはどうでもよい、少なくとも日本文学が「文学」という名に値したころの日本語さえもっと読まれていたらと、絶望と諦念が錯綜するなかで、ため息まじりに思っている人たちに向けて書かれているのである。

今、日本文学と日本語が「亡び」つつあるのではないか、というのが著者の問題意識である。

ここから始まり、日本文学と日本語の成立とその特殊さ、および他言語の状況に関する断片的な記述が紆余曲折あって(途中の話をまとめたりするのが面倒なので省略気味に)、結局のところ、著者の言いたいことはこういうことである。

日本の国語教育はまずは日本近代文学を読み継がせるのに主眼を置くべきである。

最終章で、著者はこの主張を三回くりかえしている。それだけ声を大にして言いたいことなのだ。

僕は大学での専攻が日本文学、それも近代〜現代文学が主領域だったので、日本近代文学作品についてはけっこう読んでいる方だが、それによって書き言葉としての日本語における豊饒さの恩恵にあずかることができたという実感がある。この実感をもとに普遍性のある何かを言うとすると、実用的な日本語運用能力の向上は、日本語の正書法を学ぶことだけでは実現されず(間違いのない文章を作成能力は必要だけどさ)、むしろ言語の修辞学的機能を身につけることが必要で(言葉遊びをして、気に利いたことの一つも言えるようになろう!)、そのための手段の一つとして文学作品を数多く読ませるというのは悪くない方法だということである。むろん言うまでもなくこれだけで充分ではなく、日本以外の文学作品に触れる必要もあり(ヨーロッパ、米州、アジアのメジャーな古典は全部とは言わずともある程度は読んでおきましょう)、日本語による論理的文章の組み立てを身につける必要もあり、また外国語の運用能力を身につける必要もある。ただ、言語の修辞学的機能の習得には読まれるべき言葉としての文学作品を読むのが早道だろ?ということである。そういう点では著者の主張に部分的に賛同するものである。

一方でこの本の弱点は、評論的なスタイルを採用しているにも関わらず、論理構造の不明瞭さがそこここにみられる点である。この作品は読めばわかる通りで本質的には随筆なのだが、こういうスタイルでまとめてしまうと、不要なつっこみを誘発してしまう(それが狙いなのであれば、狙い通りとなっているのかもしれない)。ただ、学問の文章やビジネスの文章で書かれたものに慣れた人がそういうスタイルを期待して読み始めると、この手の小説家の文章・スタイルに無用な違和感や反発をおぼえても仕方ない。この点は残念である。失礼を承知で言うと、著者はこのスタイルでこの手の内容の文章を書くべきでないと思う。

この本も amazon で見つけて去年11月に買っておいたのを今回ようやく読んだ(大学院生活で忙しかったのと、ネットでの騒ぎが面倒さそうだったので)。著者の小説については「続明暗」を大変興味深くそして楽しく読んだ記憶がある。「私小説 from left to right」も確か積ん読リストに入ってたはずなのでそのうち読んでみよう。

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で
水村 美苗
筑摩書房
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2009年05月06日

「白洲次郎 占領を背負った男」北康利

2月上旬に読んだので忘れたところもあるが、読書メモとして。

この本を読むまで「白洲次郎」という名前しか知らず、何をした人なのかまったく知識がなかった。この人を取り巻く表現にはやたらと「ダンディズム」というキーワードばかりでてくるのでその度に鼻白んでいたのだが、修士論文が終わって一段落するには気張らずに読めるノンフィクションがよいだろうと思っていたところに「2009年NHKでドラマ化決定!」と書店で平積みされていたのについ手を伸ばして一気にざっと読んだ。

で、この本を読む限り、この人を伝えるために用いられている「ダンディズム」というものが僕にはいまひとつわからない。いささか乱暴なまとめ方をすると、兵庫芦屋の富裕層の家庭に生まれ日本の教育システムになじまず英国に放擲されたが、実家の経済危機に伴って帰国し、その後、さまざまな縁に助けられて戦中〜戦後にかけてそのポジションに求められている役割を十二分に果たしただけの話である。直情的な行動特性を持ち、幼稚な正義感と頑固さに支えられた性格というのは、生まれ持った社会的地位と相まって、チャーミングな人物像を醸し出しているが、そこには「ダンディズム」的ななにかは感じられない。むしろ、アッパークラスに生まれ育ったのだから、これぐらいの振る舞いと役割を果たしてもおかしくはないだろう、と思う。

むしろ気になったのは、彼のようにしかるべき時期・場所において大切な役割を果たせる人が、いまの日本のどこでどうやって育っているのだろうということである(それは「日本語が亡びるとき」の中で夏目漱石に関するくだりを読んでいるときにも感じた)。明治維新にまつわるストーリーを読んでも、戦後に関する話を聞いても、いずれにおいてもしかるべき環境で人材が育っていたことを知るのだが、今の日本にはそれだけの経済的な余裕と/または養育のための精神的な素地があるのだろうかと。そしてそういう環境があるのだとしたら、それはどこだろうかと。

単純にいうと、同世代人としてこういう大切な役割を果たしている人がどこにいるのかふと疑問に思う、それだけのことだけれど。で、個人的な感覚としては白州氏のケースのように high class society ではなく、marginal なところにいたほうが面白いんじゃないかと思う。

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2009年06月06日

「1Q84」村上春樹

小説とは面白いか面白くないか、本質的にはいずれかの評価しかなくて感想もとりあえず面白かったか面白くなかったかだけでいいんじゃないかと思っているのだが、この小説は充分面白かった。出版されてこんなにすぐに読むつもりはなかったのだけど、書店に寄ったときに気になったのでつい買ってしまってあっというまに読んでしまった。読み手をどこかしらない世界へ連れて行ってくれる物語性が、いい意味でも悪い意味でも村上春樹的で、安心して愉しみながら読むことができた小説だ。これまでにいちばん近い感覚だったのは「ねじまき鳥クロニクル」を読んだときかと。

表層/深層と象徴の意味探しゲームとして小説を読むほうではないので、この「1Q84」からなんらかの意味や思想を読み解いたわけでないが、読み終わった後に頭の中に残るものがあるとすると、それはリアルとフィクションの境界はとても不確かであるということ。作中でのフィクションとリアルの関係だけでなく、この小説と読み手としてのワタシであったり、この小説の一つのテーマである宗教カルトの虚構性と現実性であったり。その漠然とした関係にあるリアルとフィクションの間をいったりきたりしながら丹念に緻密に構成された小説世界だったというのが、この「1Q84」を読み進めてくぐり抜けてきた後に残されている感覚。

ついでに言うと読みながら a~ha の "Take on me" の PV を思い出した。鉛筆描きの絵と実写の人物が交わりあいながら進行する80年代の音楽ビデオの傑作の一つね。あのビデオで描かれているリアルとフィクションの関係がいろんな意味合いで近いのかなと。

それから、すでに読んだ人たちとなにかを共有するために、細かいところで気になったことをいくつか。まず、最初のほうの章で、主人公の片方が非常階段を下りてきて、資材置き場にたどり着く場面があるが、その風景描写の中に、

屋根の下には、潰れた大きな段ボール箱もいくつかあった。数本のペットボトルと、漫画雑誌が何冊か地面に捨てられている。そのほかには何もない。ビニールの買い物袋があてもなく風に舞っているだけだ。

とあるが、ペットボトルは1984年にそこまで普及していたかな?自分の1984年の記憶をたどってもあまりペットボトルの記憶がないのだが、どうだろう?まあ、ペットボトルに入って売られていそうなコークや炭酸飲料ってもともと飲まなかったから、身近な記憶として残っていないだけか?

あと、この小説の外国語に訳出する時のタイトルはどうなるだろうか?たとえば英語で "1Q84" と表されても "1984" にはつながらないからね。訳者はそれぞれ頭をずいぶんとひねらなくちゃいけないんだろうな。

それから BOOK 3 はいつでるかな?「ねじまき鳥クロニクル」を読んだときの感覚に近い理由の一つは、BOOK 2 の最後まで読み終わった時に感じた、物語がしかるべき形で閉じてないなという感覚が「ねじまき鳥クロニクル」の時に似ていることにある。「ねじまき鳥クロニクル」は第1部、第2部が出版されたしばらく後(手元の「ねじまき鳥クロニクル」の奥付をみると1年4ヶ月後)に第3部が出版されているので、似たような形で BOOK 3 が出るような気がする。1Q84年はあと3ヶ月残っているし、なにより2冊で終わる場合はこれまでほとんどが「上」「下」という構成になっているあたりが気になる。

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2009年09月06日

「向日葵の咲かない夏」道尾秀介

立ち読みした雑誌だったかなんだかで「注目の作家」と紹介されていたのを覚えていて、書店で「『このミステリーがすごい! 2009年度版』作家別投票第1位」という帯をみかけたのでふらっと読んでみた。

出だしから不穏な空気を感じたが、その予感はあたって、どこか暗くて救いがなく、読後も寒々しく感じる小説。暗さを感じるのはサイコサスペンス的な要素があって不気味な歪みがあるため。が、その一方で、人間の精神の内面をえぐりだすような部分がなく、文章がさっぱりしていて淡泊な感じのする空気も漂う。こういう作品はかなり好き嫌いが分かれるんじゃないかと思う。

ただ、すらすらと読ませる物語をいとも簡単に作り出しているように見えるので、エンターテイメント作家としては力があるんじゃないかと思う。機会があれば、もう一作ぐらい読んでも良いかもしれない。

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2009年11月22日

「さよなら、愛しい人」レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳

レイモンド・チャンドラーは大学生の頃に何冊か読んでいた。今回「さよなら、愛しい人」を読みながら、プロットもシーンも記憶にないのでもしかして未読作品では?と思っていたが、読後に本棚を確認すると「さらば愛しき人よ」の文庫本があり、読んだ形跡があった。人の記憶はアテにならないものだが、同じ作品で2度楽しめたのでよしとしよう。

せっかく(?)なので、清水俊二が訳した「さらば愛しき人よ」と村上春樹が訳した「さよなら、愛しい人」を並べてみる。

まずは「さらば愛しき人よ」の冒頭。

 セントラル街には、黒人だけが住んでいるわけではなかった。白人もまだ住んでいた。私は、椅子が三つしかない理髪店から出てきたところだった。職業紹介所からまわされたディミトリオス・アレイディスという理髪職人がそこで働いているはずなのだった。小さな事件だったが、その細君が良人を連れ戻してきてくれたら、お礼をするといったのだ。
 男はその店にいなかった。結局、私はアレイディス夫人から一文ももらえなかった。

対して「さよなら、愛しい人」の冒頭。

 そこはセントラル・アヴェニューの混合ブロックのひとつだった。つまり黒人以外の人間も、まだ少しは住んでいるということだ。私は椅子が三つしかない床屋から出てきたところだった。ディミトリオス・アレイディスという理髪職人がその店で臨時雇いとして働いているかもしれないという情報を、調査エージェンシーから得ていたのだ。たいした仕事ではない。その男を連れ戻してくれるなら、多少の金を払ってもいいと、女房は考えたわけだ。
 結局その男は見つからなかった。でもそんなことを言えばミセス・アレイディスにしたって、一銭の報酬も払ってくれなかった。

原文が手元にないのでどちらの雰囲気が近いかはわからないが、それにしてもずいぶん違う雰囲気である。プロットもシーンも記憶にないのはそのせいかと一瞬考えたが、おそらくそうではない。単に時間が経ちすぎただけだろう。同じ作品で2度楽しめるというのは歳を取ることの楽しみのひとつである。

「さよなら、愛しい人」を読み始めて最初の100ページぐらいの間は、フィクションな文章を読むということに眼と頭が協調して作業できていなかった。心身ともに疲れている状態で昭和の香りが色濃い神田の喫茶店や休日でのんびりした雰囲気の山手線車内で読んだりしてたのがなにかしら影響しているのだろうと思いつつ、一方でハードボイルドものを読むと疲れていてもなんとなしに背筋が伸びてくるもわかった。そういえば思い返せばロバート・B・パーカーでもなんでもいいのだけれど最近ハードボイルドものをまったく読んでない。こりゃいいやと思い、読後に間髪入れずに村上版「ロング・グッドバイ」と、ペーパーバックの読みかけで終わってしまっているジェイムス・エルロイ、スー・グラフトン、ロス・マクドナルドを amazon で注文してみた。楽しみである。

さよなら、愛しい人
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