2月上旬に読んだので忘れたところもあるが、読書メモとして。
この本を読むまで「白洲次郎」という名前しか知らず、何をした人なのかまったく知識がなかった。この人を取り巻く表現にはやたらと「ダンディズム」というキーワードばかりでてくるのでその度に鼻白んでいたのだが、修士論文が終わって一段落するには気張らずに読めるノンフィクションがよいだろうと思っていたところに「2009年NHKでドラマ化決定!」と書店で平積みされていたのについ手を伸ばして一気にざっと読んだ。
で、この本を読む限り、この人を伝えるために用いられている「ダンディズム」というものが僕にはいまひとつわからない。いささか乱暴なまとめ方をすると、兵庫芦屋の富裕層の家庭に生まれ日本の教育システムになじまず英国に放擲されたが、実家の経済危機に伴って帰国し、その後、さまざまな縁に助けられて戦中〜戦後にかけてそのポジションに求められている役割を十二分に果たしただけの話である。直情的な行動特性を持ち、幼稚な正義感と頑固さに支えられた性格というのは、生まれ持った社会的地位と相まって、チャーミングな人物像を醸し出しているが、そこには「ダンディズム」的ななにかは感じられない。むしろ、アッパークラスに生まれ育ったのだから、これぐらいの振る舞いと役割を果たしてもおかしくはないだろう、と思う。
むしろ気になったのは、彼のようにしかるべき時期・場所において大切な役割を果たせる人が、いまの日本のどこでどうやって育っているのだろうということである(それは「日本語が亡びるとき」の中で夏目漱石に関するくだりを読んでいるときにも感じた)。明治維新にまつわるストーリーを読んでも、戦後に関する話を聞いても、いずれにおいてもしかるべき環境で人材が育っていたことを知るのだが、今の日本にはそれだけの経済的な余裕と/または養育のための精神的な素地があるのだろうかと。そしてそういう環境があるのだとしたら、それはどこだろうかと。
単純にいうと、同世代人としてこういう大切な役割を果たしている人がどこにいるのかふと疑問に思う、それだけのことだけれど。で、個人的な感覚としては白州氏のケースのように high class society ではなく、marginal なところにいたほうが面白いんじゃないかと思う。
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コメント (2)
ここに書くのははじめてかも。
> 今の日本にはそれだけの経済的な余裕と/または養育のための精神的な素地があるのだろうかと。
> そしてそういう環境があるのだとしたら、それはどこだろうかと。
「霞会館」という組織があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%9E%E4%BC%9A%E9%A4%A8
今の時代とマッチしているかは不明ですが、役割というか存在としてはここかな?
投稿者: Take P! | 日時: 2009年05月07日 03:04
> Take P! さん、
そうですね、こちらでははじめましてですね。
「霞会館」ですが、wiki 経由で事業計画書をざっとみたのですが、微妙ですね。伝統を護るためにある組織であって、変革の時期にしかるべき活動を行う人材を育てるようにはみえないですね、すくなくともオープンな情報を見る限りでは。
まあでも、こういう組織から飛び出していく人がいればそれでいいのかもしれませんね。
投稿者: ayustety | 日時: 2009年05月10日 12:45