サブタイトルに「現場からのネット敗北宣言」、紹介文に「本書では、『頭の良い人』ではなく、『普通の人』『バカ』がインターネットをどう利用しているのか?リアルな現実を、現場の視点から描写する」とあるように、インターネットに関して想像的な理想論ではなく、現実的に起きていることを取り上げて、インターネットに接していない人たちに提示しようとしたものである。
というわけである程度以上にインターネットに接していれば、次のようなインターネットとそれにまつわる見方には、程度や是非を別にしても感じるところがあると思う。
悲しい話だが、ネットに接する人は、ネットユーザーを完全なる「善」と捉えないほうがいい。集合知のすばらしさがネットの特徴として語られているが、せっせとネットに書き込みをする人々のなかには凡庸な人も多数含まれる。というか、そちらのほうが多いため、「集合愚」のほうが私にはしっくりくるし、インターネットというツールを手に入れたことによって、人間の能力が突現変異のごとく向上し、すばらしいアイディアを生み出すと考えるのはあまりに早計ではないか? (p.17-18)
凡庸な人間はネットを使うことによっていきなり優秀になるわけではないし、バカもネットを使うことによって世間にとって有用な才能を突然開花させ、世の中によいものをもたらすわけでもない。(p.18)
世の中には一日に何回もブログを更新する人は多いし、2ちゃんねるをのぞくと、朝の3時だろうが昼の3時だろうが、人気の高いスレッドにはコメントが続々とついていく。<中略>
本章の冒頭で説明したが、いじめる対象である「バカ」を見つけたところですぐさま関連したサイトを見つけ出し、それを皆で共有し、挙句の果てにはまとめサイトを作ったり電凸をする人が存在する。
<中略>
何のモチベーションがあってそんなことをするのかを一瞬悩んだものの、結論は「暇だからやっている」としか考えられないのである。(p.61-62)
・ネットはプロの物書きや企業にとって、もっとも発言に自由度がない場所である
・ネットが自由な発言の場だと考えられる人は、失うものがない人だけである (p.90)
「オープンソースでプログラムを作る」などといった「頭の良い人」の世界では、Web2.0の概念が非常にしっくりきて、すばらしいプログラムの誕生へと役立つことだろう。だが、相手が暇つぶしの道具としてインターネットを使っている「普通の人」か「バカ」の場合、双方向性は運営当事者にとっては無駄である。(p.92)
ネットがない時代にもともと優秀だった人は、今でもリアルとネットの世界に浮遊する多種多様な情報をうまく編集し、生活をより便利にしている。ネットがない時代に暇で立ち読みやテレビゲームばかりやっていた人は、ネットとう新たな、そして最強の暇つぶしツールを手に入れただけである。 (p.241)
で、こういうインターネットとそれにまつわる見方だけが本書に書かれているかというとそうではなくて、
・ネットで叩かれやすい10項目
・ネットで受けるネタ (9項目)
・企業がネットでうまくいくための5項目
がハウツー的にハンディにまとめられているあたりが、ネットに深く接していない人たちにとって現在のネットとうまく処していくための判断材料となりえて、この本のポイント(存在意義)となるんじゃないかと。ただまあ、本書に書かれていることについては2000年以前から同じようなことは起きていて、比率・程度・絶対数がこの10年で変わったとみるのが妥当な見方だろうと思うんだけれど。
それから、雑誌とネットの関係については、明確に意識したことがなかったので、参考になった。コンシューマー向けではない領域でのビジネス設計を考える一つのヒントとして捉えられないかな、とも思ってみたり。



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