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英語だろうが日本語だろうが一緒だ

今日、会社の若手メンバーが書いた英文メールの内容と表現を確認しているときに思い出したこと。それは、日本語でシンプルな表現で文章を書くことができれば、英語でも同じことが出来るケースが多いという事実。

逆をいうと、日本語でこねくり回すような表現をする場合には、英語でも似たような傾向を持つ場合が多い。「言語明瞭、意味不明瞭」などと揶揄されてしまうケースがこれに当てはまる。また、日本語の場合に内輪だけで通用するような表現を無意識に使う人は、英語でも標準的な言葉遣いをしないケースが多いということもあてはまる。例えば、今なら "KY" などの表現を喜んで使っている人が "you are ..." を "u r ..." という表現を喜んで使うというようなことだろう。

英語だろうが日本語だろうが意識して気をつければ、平易な言葉遣いだけでかなり自由に多くのことが表現できる。芸術性を追求するならともかく、コミュニケーションを主眼に置くならなおさらのことである。このシンプルで自由な表現の力をどれだけ早く身につけられるか、はその人の能力を測る一つの指標になるという気がする。

なお、僕の英語は話している日本語と似た雰囲気だと言われることが多い。僕の周りでも英語と日本語の雰囲気が似ている人が多いので、英語だろうが日本語だろうが、雰囲気というか傾向は似てくるのだと思う。

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コメント (4)

LonesomeCowboy:

いいなあ。英語が話せるって。

ワシ、日本語もボキャブラリーが貧困やし、言語表現って苦手分野です。

英語の表現で考えて話のつながりに違和感がある場合は、日本語でのロジックが破綻してたりする。
それに気付くためあえて最初に英語で考えてみる。
で、英語の複雑な表現が出来ないんで日本語もシンプルになっていく。
ってのが自分自身での振り返りだったりします。
そんな繰り返しで日常使いの英語も日本語もシンプルになったりしますねえ。

> LonesomeCowboy さん、

ボキャブラリーのサイズの大小と、単語を適切にうまく組み合わせることは、相関しないと思う。道具と材料が多ければ必ずしもおいしい料理を作れるわけではない、ということと同じで。

ボキャブラリーが多いことに寄っかかった空虚な言葉遊びばかりしてしまうと、特に実務的な側面では害が大きいように感じるなぁ。

> takawamu さん、

同じことを言うのに日本語と英語を往復すると、表現はたしかにシンプルになっていく。

そこでそぎ落とされていくものは果たして余分なモノなのだろうかね?

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2008年3月19日 01:18に投稿されたエントリーのページです。

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