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退屈

ある日の晩のこと。近所の居酒屋で文庫本を読みながら、ビールを飲んでいた。読んでいたのは、近所の本屋で買ったエッセイである。その中にこんなくだりから始まる文章があった。

別に雨降りでもなかったが、ある晩、退屈しのぎにミステリーを読んでいると、犯人が三番目の殺人をしているところに電話がかかってきた。電話は、ミステリーとも殺人ともあまり関係のなさそうな、井上陽水からだった。

この文章の「退屈しのぎ」という言葉に、なぜか、懐かしい思いを感じた。ずいぶん長い間、退屈なんてしのいでないような気がしたのである。少しながら時間に余裕がある日の晩に、居酒屋のカウンターで刺身をつまみつつ、ビールを飲んでいるにもかかわらず、である。

別のエッセイにはこんな文章もあった。すこし長いのだが引用する。

「昔は、なんといっても、乗れる曲がよかったけどな」
「そうだな。ディスコなんかでも、ギンギンの曲がよかったもんな」
「ああ」
「朝まで踊ってても疲れなかったしな」
「でも、ディスコって帰るときが虚しいんだよな」
「いや、その虚しさがたまんないんじゃないか、ディスコって」
「確かに、そういうとこもあるな」
「まあ、どっちにしても昔のことだけど」
「元気だったなあ……俺たちも」
どんな奴らが喋っているのだろうと興味を覚え、体を斜めにずらしてさりげなく後の席を見ると、そこにいたのは制服姿の男子高校生ふたりだった。

<略>

ふたりは退屈しきっているようだった。何度も、つまらない、面白いことはないか、と言い合っていた。それを聞きながら、変わらないな、と思った。彼らの台詞がいつの時代の若者にも共通のものだったからだ。若者は常に退屈している。昭和三十年代の石原慎太郎の小説の登場人物も、常に何か面白いことはないかと叫んでいたような気がするし、四十年代の私だっていつもそう思っていた。退屈で退屈でたまらなかった。すべきことはいくらでもあるのに、もっと面白いものはないかと思いつづけていた。

長い間、退屈をしのいでないのはすでに若者ではなくなったからなのか、とぼんやり考えた。そういや、過去には退屈で退屈でたまらなかった時期があったのに……と。

どうやら、退屈というのは時間が経つにつれて変質するものであるらしい。

 

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コメント (2)

LonesomeCOwboy:

積極的に時間を見つけないと居酒屋にも行けないですもんね。ワシもそうです。

> LonesomeCowboy さん、

そうなんだよ。退屈しのぎたいよ、たまには ┐(´ー`)┌

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2007年10月13日 17:33に投稿されたエントリーのページです。

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