日本列島とユーラシア大陸の間にある日本海。韓国やヨーロッパに向かう機内から何度か見かけたことがある。広いようで狭い海域。その南方の対馬列島沖でいまから 100 年ほど前、1905 年 5 月下旬に日本海海戦が行われた。
「坂の上の雲」という小説は、明治時代を代表する俳人・正岡子規と幼少のころから仲が良く、日本海海戦で先任参謀を務める秋山真之、その兄であり同じく日露戦争で陸軍の騎兵隊を率いる秋山好古の3人が松山で育つところから始まる。そして正岡子規の散文改革運動から正岡子規の死、そして日露戦争のいくつかの戦いを経て、日本海海戦に向かって話が進んでいく。
どういう物語であるかについては、作者の司馬遼太郎が原著のあとがき(最終的には全六巻だが、新聞小説であるため順次発行された第一巻のあとがき)がうまく言い表しているように思える。すこし長いが引用する。
このながい物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。やがてかれらは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中でくびをつっこんでいく。最終的には、このつまり百姓国家がもったこっけいなほどに楽天的な連中が、ヨーロッパにおけるもっともふるい大国の一つと対決し、どのようにふるまったかということを書こうとおもっている。楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつけて坂をのぼってゆくであろう。
たしかに楽天的な人たちの群像劇である。視点を変えれば、あれだけのことを成し遂げるには楽天的でなければできないであろう。ただし、楽天家たちの物語だからといって、中心となる明治という時代が明るく楽しかったかどうかは別問題である。
『八甲田山死の彷徨』読後にも感じた明治という時代の暗さはこの小説にも感じられた(余談だが『八甲田山死の彷徨』で一人の犠牲者もなく雪中行軍を終える弘前第三十一聯隊は、日露戦争(奉天会戦)においてほぼ全滅する)。この暗さの源泉の一つは、この時期の日本がおかれた植民地主義、帝国主義的なパラダイムから生まれているように感じた。また軍隊が関係するとどうしても物語が暗くなる。ある意味、しかたない。
明治初期に国が開いた後、日本の外に直接的、間接的に触れていく人たちのことに興味があって読み始めたが、違うところでまあまあ面白い小説だった。はじめての歴史小説で、未知のフォーマットだったのが良かったのかもしれない。
文藝春秋 (1999/01)
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「日本人に読んでほしい歴史書」ランクNo1。近代史の一幕を描く感動の名作
司馬遼太郎の最高傑作
日露戦争以前、以降という視点で読むとさらに面白い。



