今日から少し早めの冬休み。年末までフランス・パリであんまり目的もなくぶらぶらとのんびりする予定。
そして、パリに向かう機中で読み終えたのが、村上春樹作品の英訳者であり、日本文学研究者であるジェイ・ルービンによる村上春樹論。読みはじめたのは11月中旬だったが、最近までプライベートな時間の大半をあるプロジェクトのようなものに費やしていて中断しており、今回のフライトでようやく読了。
「村上春樹論」といっても堅苦しいものではなく、冒頭でも「私は村上春樹ファンだ」と自ら認めており、また日常的に村上春樹氏と付き合いがあるようで(たとえば、一緒にビデオを買いにいったり)、村上春樹の小説を一通り読んでいればとても楽しめる。
また、すんなり読める理由の一つには、翻訳が良いことも挙げられよう。村上春樹の文体が翻訳との相性が良いことも後押ししているのだろうが、ジェイ・ルービンの地の文もこなれて読みやすいように翻訳されている。
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この本を読みながら、気に留まった部分にはしるしをつけておいたので、いくつかを抜粋。
「羊をめぐる冒険」を書いた際に、小説を書く時に一番大切なことは「確信」である、と村上春樹はインタビューで述べている。
いちばん大事なことは確信です。自分には物語を語る能力があるのだ。自分の語っていることは必ず水脈に突き当たるのだという確信です。幾つかの要素はやがてパズルのようにきちんと組み合わされるのだという確信です。その確信がなければ、あなたはどこにいくこともできないでしょう。長編小説を書くということはボクシングをするのに似ています。一度リングに上がったら、引き返すことはできません。とにかく最後までやりとげるしかないのです。
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を書いた際には、物語の自然発生性について、こうインタビューで述べている。
僕は逆に書きたいものがないから長いものが書けると思うんです。書きたいものがないから、そのぶんだけストラクチュアがシンプルになるわけですからね。最初に「これを書きたい、あれを書きたい」という思いがあると、ごく自然に構成が暑苦しくなる。構成が暑苦しくなると自然発生的な物語は流れが悪くなる、ということですね……テーマなんて二次的なものです……人間存在の力というものは〔僕は〕根本的に信じているから。
2005 年 11 月 18 日に村上春樹がハーバード大学ライシャワー日本研究所で「かえる、地震、短編小説の喜び」というタイトルでおこなった講演について、ジェイ・ルービンはこう述べている。
この講演のメッセージをひとつ挙げるとすれば、それは「信じること」だ。作家はみずからのインスピレーションの波を神事、その頂点を捉えようすべきである。読者も作家も、古からの物語の力を信じるべきだ。物語にそもそもの価値がわずかでもあるかどうかは、永遠に証明できないかもしれない。物語になんらかの癒し効果があるにしても、それは何年経っても明らかにはならないかもしれないーー「貧乏な叔母さんの話」の言葉を借りれば、たとえ「一万年」経っても。ここで村上は、早くから『風の歌を聞け』で示した物語に対する信頼の確認を繰り返していると言えよう。「僕はこんな風にも考えている。うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない、と。そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう」。
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ジェイ・ルービンはまた、「あらゆる人が共有している、人生の一瞬一瞬の「意義」という感覚を彼は捉えることができるのだ。物語レベルで自殺や無意味な死がどれだけ含まれていようとも、村上作品の究極の意義がつねにポジティブなのは、この人生に対する感覚を伝えているからなのである」とまとめている。
人生における物語性という視点に立ってみると、自分にとってなにか新しいことに取り組んだり生み出していこうするときに、(多少は)無根拠であってもすっと肩の力を抜いて信じればうまくいく、というメッセージを村上春樹はずっと伝えてきたのだろうと、この本を読みながら改めて感じていた。
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