まだ読んでいる最中だが、この本は縄文的思考を残す東京と資本主義について描かれた本である。
数週間前の日曜に、近くの書店で買った。家の近くを富岡八幡宮の神輿が通っていた日のことである。
なんとなしに書店に入って、ぶらぶら本を見ていると、こんな文章が書いてある本が置かれていた。
縄文地図を持って東京を散策すると、見慣れたはずのこの都市の相貌が一変していくように感じられるから不思議だった。どうして渋谷や秋葉原はこんなにラジカルな人間性の変容を許容するような街に成長してしまったのか、猥雑な部分を抱えながら……
著者は中沢新一。その昔、「チベットのモーツァルト」や「森のバロック」などをずいぶん楽しく読ませてもらった。賛否いろいろある人だけれど、この人の文章ぜんたいが持つリズムは、好みである。乾いた部分と湿った部分が混ざり合っていて、オーガニックなトーンを感じさせる。多感な時期に読んで、そう思い込んでしまったのだから仕方ないのかもしれないが。
で、「アースダイバー」を手に取り、ぱらぱらとめくると、こんなくだりが目についた。
9・11のあの出来事があって以来、一神教の本質について考えることが多くなっていた。その宗教は、グローバリズムの見えない背骨をつくっている。一神教という宗教がなければ、おそらく資本主義というシステムは、いまあるような形をとって発達はしなかっただろう。人類はもっと別の形の資本主義を発達させていたはずなのである。ところが、キリスト教という一神教と一体になった資本主義は大成功をおさめて、いまや地球のすべての場所を、自分のシステムに都合のよいようにつくりかえようとしている。しかし、それにはげしく反抗する人々がいるのである。しかもそれは、同じ一神教であるイスラムを深く信仰している人々だ。人類の全体が、好むと好まざるとにかかわらず、一神教のたどる宿命的な展開に巻き込まれてしまっている。ニューヨークで起こったあの出来事は、そのことをあからさまにしてみせた。グローバル資本主義の裏庭を掘ると、そこにはユダヤ教にはじまる一神教の精神的遺跡が、すぐに顔を出すのだ。あの出来事以来、そのことを考えないではいられない。
ちょうど(というかなんというか)「レクサスとオリーブの木—グローバリゼーションの正体」という本を読んだところだった。この「レクサス……」に描かれたアメリカ的資本主義とグローバライゼーションのあり方に、いささかの「なんだかな……」を感じていたのが影響したのだろう。または、店の外を通る神輿とその祭りの光景に反応したのかもしれない。あっさりとレジで買い求めた。
そして、日をおいて読み進めているうちに、こういうくだりを見つけた。
近代はこう考える。人間は人間の世界のことを、自分で判断し、決定していくことによって、まちがいのない方向に導いていくことができる。心の中の地下世界でうごめいているような、無意識にひきずられてはいけない。政治でもなんでも、暗い見えないところで決定されていくものは、みんな間違っている。あらゆるものごとは意識の光のもとにひっぱりだして、情報はすべて公開して、ただ理性の力だけによって判断していけば、いつだって人間は正しい方向を選んで進んでいける、とこう考えて、非合理なものや無意識的なものを否定しようとしてきた。しかし、いまの世界に起こっていることをみると、そんな考えはたちまち自信を失って、ぐらついてしまう。人間の自由な判断に任せていたら、地球はどんどん悪くなってしまった。植物や動物の感情や思いや望みを無視して、人間の勝手な考えで開発を続けてきたら、オゾン層には穴が開き、食肉牛には狂牛病が発生し、鶏にはインフルエンザが蔓延している。新しいウィルスもつぎつぎに出現して、僕たちの生存をおびやかしている。
人間の理性には、どうもなにかが決定的に欠けているらしいのである。「自然の理法」にはすんなり理解できていることが、人間の理性にはどうしたってわからないようなのだ。もちろん、理性は役にたたないと言っているわけではない。ただ、理性はどうも完璧なものじゃないらしいので、ぼくたちには見えないところで行われている地球の営みに、もっと耳をそばだてていないといけない、と言いたいだけだ。
いまなお自然の理法と結ばれる思考がかすかに残った、多神的なこの国にできることは、まだたくさんあるんじゃないかという気がする。縄文的思考がそのまま役立つかどうかはなんともいえない、のではあるが。
◇
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上巻要約
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