日ごろぱらぱら眺めている「日経エレクトロニクス」という雑誌は、通信系の技術に限らず、エレクトロニクスの領域については話が早いので、専門じゃないところが多い=わからないところが多いなりにも、重宝しているわけです。
で、この「日経エレクトロニクス」が運営する "tech-on" というサイトがあります。そこのコラム(「ブログ」といってるがトラバも打てないし、コメントも検閲が入るので「ブログ」とは呼べないんじゃあ……)のバックナンバーに「日米あべこべ考」と題したものがあり、たまたま何かを検索している時に通りかかって読みました。
日本のメーカーの凋落ぶりを憂いている風なコラムなのですが、ちょっとひっかかったのでご紹介(?)。
以下はそのコラムの終盤部分です。
日米で異なる感覚の,どちらが正しいということは一概に言えない。冒頭の略語の読み方など,要は通じればいいのである。日本には日本のやり方,米国には米国の流儀がある。それでいいじゃないか。ただし,世界市場を相手にした製品の作り方という視点を持ち込むと,ちょっと話が変わってくる。製品の大きさや値段に対するとらえ方は,どうやら米国流が世界標準のようだ。実際,このところ米国メーカーは,小ささ・薄さや安さが特徴の製品で,世界でヒットを飛ばしている。米Apple Computer, Inc.の音楽プレーヤ「iPod nano」や,米Motorola Inc.の携帯電話機「RAZR」などである。どうにも腑に落ちないのは,小型の端末にしても,安価な製品にしても,かつては日本メーカーの十八番だったことだ。「安くて小さい製品が得意なのは,日本と米国のどちらのメーカーですか」。この問いに対して,昔の日本人は間違いなく日本と答えたにはずである。少なくともバブル期以前には。
現在の日本メーカーの凋落ぶりを嘆く声は多い。苦境を脱する策は,次から次へと現れる。そのいくつかは,理屈ばかりが先行し,実践上は空回りしているように見える。そんなときに必要なのは,自らの原点に立ち返ることではないだろうか。
うーん……
違和感があるのは、まず「このところ米国メーカーは,小ささ・薄さや安さが特徴の製品で,世界でヒットを飛ばしている」とあるところ。iPod nano も RAZR もヒットを飛ばしている本質は「小ささ・薄さや安さ」じゃない。そこを見間違えてはいけないじゃないかな。「小ささ・薄さや安さ」は単純に製品のフレーバーでしかないはず。ものづくりにどっぷりつかってしまうと「小ささ・薄さや安さ」といった物理的な特徴・特性があるから売れると思ってしまうのかねぇ。iPod も RAZR も、ネットにつながってサービスが受けられるという、利用者の行動パターンをフィードバックした製品+サービスだから売れているんじゃないのかね?
もう一つ。
「かつては日本メーカーの十八番だった……自らの原点に立ち返ることではないだろうか」って、安易に過去の十八番に戻るがよいのかな?この文章から感じられるのは、「自らの原点に立ち返ること」というのは、「メーカー」として日本的特徴を持ったモノを作り出す立ち位置に帰ることを促しているように読めるけれど、はたして安易にそこに帰ることが一番必要なことかな?今必要なのは、そうした安易な先祖がえりではなく、自分が見なければいけないもの(例:利用者、顧客)をしっかり見て、十分に頭を使って、なにかを作り出していくことじゃないのか、と。
(まあ、『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』を読む限りでは iPod はある種の個人的な執念から生まれて出てきたような気がするけれど……)
東洋経済新報社 (2005/11/05)

勉強になります。あと、読んでいて思いを新たにしたのは、先入観(例:米国人は体が大きいから,日本と比べて大振りの製品が売れる、とか、安価な製品は日本メーカーの十八番だ、とか)にとらわれないこと。エンジニアだろうが、マーケーターだろうが、アントレプレナーだろうが、普通のビジネスマンだろうが、一番怖いのは視座が固まり、視野が狭まり、思考が固定化すること、というのを忘れてはいけないな、と。
このコラムにはコメント欄があって、そこでも同じようなでももっと短いコメントを投稿したのですが(公開されるかはどうかは知らんけれど)、自分に帰ってくる部分もあるので自戒の意味も込めてメモ代わりに、と。



